2018/06/08

Twitter

いろいろやっているうちに、アウトプットする媒体は複数もっていてもいいのかな、という気がしてきました。ココログは思っていたよりも居心地がよかった……と記憶のなかで美化されている部分もあるのかも(笑)。

で、放置してあったTwitterのアカウントを発掘して、ぼちぼちつぶやいております。どう使うのがいいのでしょうか、と質問の小石を投げたら「演奏会のメモとか本やイベントや映画の感想メモとか、曲目などのメモに使っています」という声が返ってきました。ありがたいことです。

ガンガン使っている堀先生のツイートとか、音楽しごとつながりの先生がたのツイートとか、遠巻きにみている感じでおりますが、いままでFacebookとかでおもにやっていた「旬な情報や記事のキュレーション」は、あきらかにTwitterのほうがリアタイ感覚ありあり。

どっちがいいというわけではなく、というのも、そもそも「瞬間の反射神経」は自分の脳みそのどれくらいのパーツを使っているのかわからなくて悩むという、めんどくさい性格な自分でもあったりするわけでな。

いずれにせよ、わからないことだらけの言葉の迷宮。
Twitterアカウント→
せっかくだから、140字でめいっぱい遊んでみたい。
あと二か月くらいは初心者マークのつもり。
お気軽にのぞいてみてくださいまし。

ではでは、またね。

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2018/04/18

ブログ、引っ越します

あっちも仮住まい気分が抜けないので、またこっちに戻ってくるかもしれませんが。

終の住み処はつねに「いまいる場所」ってことでもあります。
みなさま、どうぞごきげんよう。

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2018/04/17

ルヴィエとベロフ

続いたよ。ラジオでの音源オンエア。
毎度お馴染みの「クラシック・カフェ」の朝の再放送。

最初のアラベスクを聴いたときは、ただ「ああ、音がつまってる(はじけてない)」って思った。上手いとかヘタとか、好きとかキライとかも思わなかった。ルヴィエって聞いて、ああ、そうかって。

次のベルガマスクもね。ちがうひとだけど、やはり「天井」がうえにあるなあって。同じように、上手いとかヘタとか、好きとかキライとかも思わなかった。

つまり私は、もはやピアノの音に対しては、ホントのヘタクソに対して「公害レベル」とぼやく以外に、なんの妄想も抱けなくなったということでもある。

最後のプーランクはポミエのコンチェルト。プーランクって、弾いてる人より、いまはもう弾かないひと(あたしだ)のほうが「アート」を愛でる、みたいな感銘やイメージングの力を与えてくるなあ。と思った。

そしてザビーネ・マイヤーとオレク・マイセンベルクのスカラムーシュ(ミヨー)。達者で、音がわりとハジケテいる。へえ、そうか。と、まるで、目が楽しんでいるけれども、頭やハートは「引っかかりなくスルー」する絵画をギャラリーで眺めているだけ。そういう反応。

なんかなあ。さみしいなあ(棒読み)。
でも、これでようやく、余計な気を散らさず、自分のやりたいことをやりたいようにできる。いままでだってそうだったんだけど、自縄自縛の檻に勝手に閉じこもっていたのが「妄想」であったことを悟った。

わけのわかんないこと書いてます。すみませんのう。
この状態さえも、おそらくはただの通過点。

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2018/04/14

ラローチャとアラウ

どっちもね。ラテン系の「ピアノの音」を代表する巨匠。すでに物故者である、という意味でも、まっすぐなリスペクトと「時代の流れ」という両面から語りやすい、という共通点もある。スペインとチリってことで、同じような「南米系」とまとめてしまうことは、リスペクトという概念を逆立てしている面もありますけれど。

昨日だったかしら。
おなじみラジオの「クラシックカフェ」で、ラローチャが弾くグラナドスが流れた。その直前にギターでのアランフェス、そしてハールでの……なんだっけ。スペインもの。こっちの演奏はメストレ(発音まちがい。何回ソニーさんに訂正コメント入れても←本人がね。なおさない。よっぽどごめんなさい、まちがえました。新しく名前を覚えなおしていただくのはお手数でしょうが、正しいお名前の呼び方はドゥ・メストルです、という手間が惜しいらしい)。

スペインもののCD録音した時期は、もう何年かまえになるけれど>グザヴィエ。いま聞いても達者でセンスの良いハープです。力業、といってもいい。こういうふうに、ふとしたタイミングで流れている音源をラジオできくと、それでもずいぶんと軽い感じに聞こえてしまうのは、ギターを挟んだとはいえ、ラローチャのピアノ演奏につなげられたというのも大きいかもしれない。

そしてラローチャ。
何度も書いていますが、録音で聞いていた十代の頃は、その味わいというか、瑞々しさと切れのよさ、染み入ってくるような深くて、なおかつハジケる音と、おしゃれでどこか時代がかってはいるものの、重たくならない音楽構築の奥行のすごさが、それほどはよくわかっていなかった。たしか87年だったか、スペイン国境(バスク)のサンジャンドリューズでのリサイタルを聴いたとき、ルヴィエが(あのルヴィエが)デ・ラローチャのことを「ラ・ピアニスト」と言い直してね。あの頃は、アルゲリッチよりもだんぜんラローチャ、という女流のピアノのモードだったってことかもしれない。

アルゲリッチはと言えば、同じ頃にやはり同じサンジャンドリューズで、ベロフさんとサロンでデュオを弾いて、それを聴きに行ったときに、あまりに……学生の審美眼はともかく「完成度」とか「音の美しさ」というパーツからジャッジしていくからなおさら、悲惨なぶったたきのデュオに泣いた。けど、同じくらい、ラローチャのリサイタル……たしかバッハとかスペインものがほんの少しと、あとはロマン派……なんだったろう。ショパン、という気がしない。シューマンとかだったような気がする。

パリの音楽院のルヴィエクラスを、変速スピード(ホントは5年間いたかったんだ。なのに試験を控えるといきなり、自分のヘタさにあきれて、思わず8割ぐらいのギアが入ってしまった)で卒業して、生意気盛りだった私は、ともかく小さな手の伝説的なスペインのマエストラに、わりと「けちをつける気満々」で会場の学生招待席(めっちゃいい席だった)についたと記憶。あれは、打ちのめされるというのともちがう。あのころは、どちらかというと「自分の武器」を戦略的につかって演奏をプロデュースしていたまだ中堅だったピリスのほうが、頭で好き、という感じだったから。

ところが、ひたすら、2時間の演奏中ずっと、流れるような豊かな水源の音を体感するかのような、そういう心地よさだけが続いた。曲の解釈がどう、とか、フレージングがどう、とか。そういうところを注意して聞く、ということさえもアホらしい時間。その時間を濃密とか、すごい、とか、感動とか呼ぶのもまたちがう。

ともかく、私の知っている世界とはちがう。なのだけれど、そのアクアリウムのような、水底のような場所にひたりきっていた。

アラウと違って……というのもすごく傲慢な言い方だけれど、アラウと違って、あの「おかみさん」のような、気っぷの良さは、女性であるラローチャならではのものであって、しかもあれは私のなかにはない「女らしさ」。相容れないって思ったさ。まねしたくもない。

あ、だからこそ、スペインでラローチャのレッスン受けた、みたいな日本人ピアニストの演奏は、ラローチャの薄っぺらいコピーにしか聞こえなくて、消えろとか失せろとか目障りとか、反射的に思うけどね。いまでも……はわからない。

というのも、昨日、ラローチャの演奏をきいて、あのときのような「見知らぬ世界の音」という、異物感が数十年を経てきれいになくなっていることに自分で驚いたから。どちらかというと、聞いていて耳にもココロにも、ひっかかりとか抵抗がまったくない。まるで自分の内部宇宙にそのまま音が外から水滴のように飛びこんできては、すーっとなんの違和感もなくおちていき、同化しているよう。

不思議。
音楽がこんなふうに「自分」の声と同化するなんて。
おっと、もちろん、ラジオを通してきく「レコーディングされた音源」である。実物よりも、よくもわるくもスケールダウンして、ミニチュア的な輝きを強調されているはずだ。いまもしも、生きてるラローチャが目の前に居て音を出したら、三十年まえの私と同じか、それ以上に殴られるようなインパクトがない、ともかぎらない。

そんなこんな。

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2018/04/01

吹奏楽のひびき

ゲスト・酒井格

うわぁ、おもしろかった!!!
マーチングバンドというジャンルは、そうかそういうジャンルがあるのねー、高校の吹奏楽のひとたちが頑張って含んだね、入場行進の場面でよく聞くけど-。と、そういう認識・だけがありました。

こういうふうに曲を聴かせてもらうと、まばゆい音楽の造形世界が、いきなり燦々と目の前に広がっていた! という感じだ。

いままでに私が体験したいろんな「高校生活での音楽シーン」みたいなものとか、音楽の体験とか、試験の場面とか、舞台でのプレゼンとか。いろんな記憶がパーッと脳裏を鮮やかによぎったよ。

文学作品を翻訳する、あるいは詩を朗読する、ということと、音楽の演奏とかアレンジは(も)ほぼ同一作業である、というのが私の昔からの持論なのですが、やはりそうだったか、という感覚ね。

同時に、いまの自分がやりたいこと、できること、求められていること。そのエネルギーのすりあわせが、ふわーーーーーーっと、ね。できる。ってか、やってるじゃん、あたし。

うまく書けないってか、わざとこんなふうに書いています。
が、ここに何かを書くことで「パクる」とか「パクられた」とかなることも違うし、そういうふうにはもうおそらくならない。

ってことで4月のサカナ(3月のらいおん、みたいだw)な日曜日のインスタノートでした。ちゃんちゃん。

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2018/03/21

はいどうも

放送日のまえからブックマーク、というか、私の場合、閲覧ソフトのタブページにして出しておくって悪習(だってパソコンの動作がこれで重たくなったり、ひどくするとフリーズだってする)のままキープ、ですがね。

今日になってもまだ、オンデマンドで聴く気にならず、かといって、このままなんの痕跡もなく消しちゃうのも業腹なので、ここに「もうちょい長く残しておく」「晒しておく」用に、リンクを残しておきます。

フランスミュジク、カサールの番組でペヌティエとリグットの特集回

ペヌティエは何度かレッスン通訳して、すばらしいなあ、でもたぶん次はキャンセルして日本に来ないだろうから……と毎回ひそかに残念に思っているという名匠です。それ以上でも、それ以下でもなく。

リグットに関してはね。
いろいろありすぎて、書く気分にもなりゃしない。
好きですよ。好きでなけりゃ、仮にも2年(だったかな)このひとのクラスに登録しやしませんって。←学生時代。正確にはパリの一等賞をとってから、滞在許可をどういう身分でとるべきかルヴィエに相談して、あらためて紹介してもらったのがリグットだった。けど、そのまえから、何度か顔はあわせていたもんね。

一昨年の仙台で再会して、相変わらずというかね。お元気そうで何よりだわーと思って、あれから1年半か。

そもそも、わたしはピアノ弾くのを完全リタイアしてからは、ことさらに、ご縁、イコール仕事でつながるボルテックスって、そう実感しているからね。中途半端に音大出身を売りにすることも、他の誰かの仕事をかっさらうことも、どっちも意図的に「忌避」してきた。いままではね。

そうすると、面白いことに浜松→中村紘子さん、というように、つながってくるご縁があるのと同じくらいに、ルヴィエ←絶対に呼ばない招聘仕事←私に対してもNG、というような反応も出てきた。同じルヴィエ門下でも、おかまいなくつながっていく仲間もいたりするから、それまた面白い。ってか、そういう仲間は、逆に別の仲間と過去に何かあったりして、同門で何かするという動きに対しては、ワタシ以上に反撥して、顔を出してこなかったりもする。

リグ先生は、ルヴィエ以上に、弟子との決裂率が高い。
だからどう、ってわけでもない。が、人間的にも、すべてが濃厚すぎるんだよね。

通訳を誰にするかとか、そういうところを自分でコントロールしたがって鬱陶しい。むかし、母校のピアノ科主任に私から電話させて「通訳は私にさせろとリグットが言っております」と言わせたけど、ありがたいというよりは、どうでもいいから、こんな強引なことさせないでほしい、と思ったよ。じっさい、あのときの主任は「ごめんなさいねー」と、自分の子飼いのフランス語はへたっぴな誰それに「あの子にメールを書いてもらったら自分がレッスンもぜんぶ通訳するって舞いあがっちゃって、やめさせるのがいまさら悪くて」と言ってきたもんね。

そのくせ、弟子の名前はともかく、ひとの名前はおぼえない。アジア人の顔はみんな同じに見えるし、それでなくても人の顔と名前はおぼえられない。記憶障害なんだと自己申告しておりまする。まあいいけどさ。アーティストにありがち。

それでも、会えるのは楽しみにしておりました。
が、来日するなり京都で足を負傷したのだそうな。
その日のうちに帰国。

生きてるうちにまた会えるかしら。

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2018/03/18

じぶん、じぶん

いまの自分。自分のありよう。どこを目指すのか。目指さないのか
どういう風景を見るのか。何をするのか。しないのか。

引っかかっているのはこのへんです。
具体的にいうと「No music, no life」という基本線は変わらないと思う。ただ、じゃあ「演奏会に出かけていく私」とか、お金を払って何かする私、かな。

音楽会ってのは、依存性がすごく高い娯楽ジャンルなんですよ。行けば行くほどよくなる。もっと欲しくなる。それなしでは自分に価値がない、とまで、いつのまにか思いこむようになる。音楽に限らず、なんでも「ハマる」ってそういうことなのかもしれないけど、ライブとか興行ってものはね。自分だけでは成立し得ないものなのに、そのことを忘れさせてしまう。そういう方向に「持っていかれる」傾向が強い。

そのへん、何がいいとか悪いとかではなく。そういうものだよ、ってだけのこと。それ以上でも以下でもない。

で、私は「誰かがこしらえたテーマパーク」としての音楽も、ものすごく好きだけどね。自分で自分のテーマパークというか、自分の足で立って生きていく演奏家になる、って決めて、そのことばっかり考える時代を経て、ああもういいや、とイチヌケしちゃった人間でもある。

というか、たいていの人は多かれ少なかれ、何かからイチヌケしていまの人生を歩いている、という考え方もありです。はい。そうなると、イチヌケしたことに気づかずに生きてる人たちがハマるようなエンタメとか、テーマパークってのは、もういっぺんハマるのには抵抗がある。ってか、わざわざ二度手間することになるんだもんね。

自分で自分の経験や感性を活かした上で、まったく新しいテーマパークをつくるぞ! という、山師的な隠れた動機があるならともかく。

ああ、そのへんがいまの私のテーマと言うことか、と。書きながら少し納得もしておりますが。そのへん、決めちゃわない。考えない、というフェーズにこのところ差しかかってきてもおります。

3月になってすぐかな。1月末の発売日から数日というところで、吉祥寺のPBCへ出向いて「入荷してますかあ?」と、わざわざお店の人に探してもらって(一冊だけ入荷していた本を台車の奥から発掘してくれた)購入した一冊の本。

『キンノヒマワリ ピアニスト・中村紘子の記憶』だったかな。集英社から出た本。著者は高坂はる香さん。

2月はバタバタしていたというのもあって、この本を寝かせてあった。2月末から3月にかけて、香港に遊びに行ってきました。そのへん、機会があればブログにまとめて書くかも、です。が、香港から戻って、まっさきにこの本を手に取って一気に読んだ。

通訳業務の経験を積んだということとあわせて、翻訳師匠の堀先生とか、それ以外の友人や知人が、メディアに登場する。もしくは、インタビューなどの記事の露出が続くのを見ているうちに、ジャーナリストが「取材」する。そして「記事を書く」の、ワンクッションのあいだに、どういうフィルターが、クッションが機能しているのかということを、何十回、何百回となく目にしてきました。とくに、音楽ジャンル。文学ジャンル。フランスなんでもありのジャンル。

中村紘子さんに対して、同じ井口門下で学んだピアニストあがり(さがり、という説もあるw)の私は、どう接してよいのか最後までわからぬまま、それでも通訳としては「あなたの話す日本語がすばらしい」と、何回も、面と向かってお褒めのことばをいただいた。ありがたいことです。

この「どう接していいのかわからない」は、私の長所でもあり、短所でもある。たぶんね。そして、高坂さんが書いてくださった本を読んでいるうち、それで良かった……みたいな。一冊の本をこんなふうに、自分勝手に読んでしまうことに対して罪悪感のようなものが生まれたほど、ああ、そうだったのか、というような、変な気づきが幾つもありました。

メディアや、誰かのフィルター。それを通すことで明晰に見えてくるぶぶんと、かえって「わけがわからなくなってくる」ぶぶんがあるものです。中村紘子さんについても然り。というか、彼女の場合、露出する情報やコトバについても、あのセンスでものすごく鋭く繊細に「その表現はダメ」みたいな、ある種の検閲や牽制をなさっていたはずなので、出ている記事についてもね。よくも悪くもダイナミックでクセの強いものになっていたのであろうなあ。

なので、私が「どう接していいのかわからない」というのは、ある意味では双方向。あちらにとっても、つかみ所がないというか。使い甲斐も、育て甲斐も、どれもイマイチ。おそらくね。刺激や情報を得るということについても、あいだに私の友人がひとり入る、くらいでちょうどよかったのかと。そういう距離感。

他にも、一冊の本にまとめられた記録を拝見することで、ほぼ1週間くらい、自分のなかで「井口門下、桐朋出身、そのままの枠にとどまることに耐えられず海外に留学(脱出)」という面に共鳴・不協和音がそりゃあもう、たくさん発生しましてな。けっこう辛かったよ。

その後、3月9日(金)にHakujuホールでのチェロとピアノのデュオリサイタルを聴きに行き。これは中木健二&松本望という、二人そろって藝大出身。その後フランスで学んだという点は「共鳴要素」なんだけど、私の中のイメージという意味では、みごとに「藝大出身の演奏家ふたり」というスタイルにハマる2時間でした。いい意味でね。

そしてその1週間後、3月16日(金)は紀尾井ホールで、鈴木理恵子&若林顕の演奏会を聴いてきた。こちらはもう、桐朋出身のおふたり。正確には、ピアニストが「井口門下をかすめる感じで育って、藝大で田村宏先生に師事。のちに桐朋で教える」で、ヴァイオリニストが桐朋系。いやあ、こういうふうに音楽を聴く自分。

いろんな聴き方があっていい。
そういうこと。

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2018/01/27

Amazonでのレビューにおける匿名性

ものすごく「生きていることがしんどい」という時期。
私は、ピアノを弾くことですっきり。感情(カルマ)を昇華させた、という言い方もできますね。

が、ピアノを弾かなくなってからは、なかなか「これ」という打つ手がなくってね。いま振り返ってみても、節目節目で、どうやってサバイバルしてきたのか、すでに記憶がなかったりする。これ、憶えていたくない、ってことね。たぶん、いちばん苦しかったときだと思うけど、メンタルクリニックに行ってお薬だしてもらおうかな、って呟いたら、相方に「それもアリかもしれないよ」と言ってもらって、うん、今日すぐ行かなくても大丈夫、ということを何日かリセットして、結局は行かずにやりすごした。医師に処方してもらう薬でなくとも、そのまえにお酒を飲んで神経を少しマヒさせる、というのも十分アリ、なわけだしね。

翻訳とか人と会うとか、しごとするとか、家事するとか。手作業するとか、作業でなくてもともかく手を動かすとか。外に出るとか。近所を散歩する。ものを書く。

うん、この「ものを書く」が、ピアノを弾くほどではなかったけれど、けっこう効いたのかもしれない。[※]いつか付記したいこと、というアンカー。これは、ピアノを弾く、とか、ものを書く、という自己完結状態からサトリの変容にうまく移行できず、どうしても自家中毒状態に陥ってしまう才能の持ち主でありながら、併走者(エージェント、出版者、プロデューサー、など)に恵まれず、そこで精神的な自傷行為にハマってしまうひとたち、のことについて。

わりとケロッと忘れていたけれど、そういえば、Amazonにレビューを書くことで「どうにか自分を保った」時期もあったなあ。そう思い出して、密林のアカウントを久々に開いて見た。

開けてビックリ。
ほぼかっきり1年ほどのあいだで、書いたレビュー数はけっこうなもん。そして、いま読み返しても、けっこうオモシロい。さすがプロだね。ってか、〆切とか編集者とのキゲンを取ったり取られたりとか「出版社といってもうちはもともと……(工場とか卸とか、商売ブランドの名前をどういれてもOK)」とか「あなたの先生は、自分から持ちこんだ企画から勝手に降りたからもはや私たちのブラックリストに入った」などというどす黒いなコトバでの暴力を振りかざす相手とやりとりすることそのものが死ぬほどイヤだったので、名刺から「ジャーナリスト」「評論」「翻訳」といった、紙にまつわる肩書きをキッパリと消し去った人間。これは、はたしてプロなのか、アマチュアなのか。

ま、いいや。
これ、知らない人としてこのレビューを見たら、ひそかなファンになりますよ。じぶんのことだけど、まるでじぶんじゃないみたい。オモシロいねえ、この感じ。よく、作家さんが、長期経年のすえ、ふと手に取った本を読んだらめっちゃおもしろくて「誰だよ、こんな傑作を書いたのは」と思って表紙を見直したら自分だった! というけどね。ちょっと似た感じかも。

が、並行して、自分の名前を出したうえで刊行された原稿だと、いろいろとね。作りこみ、鍛え、磨きあげ、完成度はあがっているけれども、もはや素の自分がちょこっとだけ、という気がする。いや、そっちだって、いま読めば「いい書き手だ」って感心するだろうけどさ。

けっこう、翻訳書の訳文について、忌憚なく「ホントのこと」を書きまくっているし。それに比べると、音楽それもピアニストの録音については、かなり取り繕っているなあ、とも。我ながら、そのへんの距離感の作り方が、さらに愛おしい、というか。ツンデレ感がモリモリで笑える。いいなあ、こういうひと。自分以外にも、もうひとりいたら、親友になりたいよ。親友は無理でも、マネジャーやってあげたいよ。まったくねえ。

それもこれも、Amazonでの匿名性がね。いい感じの化学反応になっているんだな。むー。まあ、そもそも「名を名乗れ」と言われて名乗ったところで、その名前さえもどこまでが「ただの記号」なのか、ってことも、この際だから考えたほうがいいんだけどさ。それはそれ。

つれづれかな。

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2018/01/25

パッション・クラシック

ご存じオリヴィエ・ベラミの番組を久しぶりに聴いてみた。おもしろかった。

私がフランスのラジオ番組をストリーミングやポッドキャストで聴くってのは、フランス語の勉強ってこともあるけれど、どうやらそれ以上に「いまそこにいない自分」をリサーチするというかね。たとえば、映画や本や音楽の話をラジオで聞く。けど、実際にその映画を見ることなく、広報とか宣伝プロモーション、あるいはトーク番組という媒体を通じて、かかわった人の話を聞かせてもらっている、という感じがね。楽しいのだ。

音楽番組であれば、ライブで演奏会音源を聴きながら、場合によっては指揮者とかがブースに立ち寄ってしゃべったりしてくれることもある。それとはまたちょっと違う。いや、どっちも大好きなんだけどね。

オリヴィエの番組は、ほぼ毎日。1時間弱。出演者は、クラシック音楽が好き、というような、あるいはたまたま音楽とつなげて話をきくとおもしろそうだ、とオリヴィエ本人なりプロデューサーなりが判断した著名人。たぶんこの番組のピンでのファン(リスナー)が多いんだろうね。私がわざわざPCで聞いてるくらいだもん。ゲストはそりゃもうゴージャス。

24日水曜日つまり昨日の放送分は……うーむ。データ指定でのリンクページの出し方がわからないので、とりあえず、「番組をあとから聴く」のページのURLだけ張っておきますね。

パッション・クラシックのポッドキャスト

ゲストはメラニー・ティエリ。女優さん。このところフランス映画をロードショーで見る、もしくは試写会にお邪魔する、ということを完璧にサボってしまっている私は、名前をきいてもピンとはこないテイタラク。ですが、ちょうど昨日、フランス本国では映画「苦しみ」かな。デュラスの作品世界で、当然ながら本人が主役(?)として登場するエマニュエル・ファンキエル監督の映画が上映開始、とのこと。

これね→

お昼ごはん代わりのインスタントラーメン(味噌味)を食らいながら、番組を満喫。オリヴィエが、クラシックの演奏家の「演奏」に託けて、メラニーに「作家は自分の表現活動を正当化〈させられている〉という意識をどう処理しているのか」というような質問をうっかり発して、おそらくはフランスでもいまやブームとなっているであろうミートゥーの運動について訊かれたと毛並みを逆立てた雰囲気の女優さんに「なにそれ、意味がわからない」と、3回くらい聞き直されていたのが印象敵であった。オリヴィエでさえも、こういう質問はしたくなるんだね。

ここ二年くらい、インタビュー通訳で「どうお感じになりますか」の質問をどう訳せばいいのか悩んでいた私ですが、いやもう、なんでもいいんじゃね? というくらいの、パンパかパーン!かな。好きにしよう、って思ったわ。

他にもいろいろ。
話が前後しちゃったけど、この映画、たぶん日本で配給されるだろうなあ、と期待しつつ。でも、たぶん見に行かない。だからつまり、実際には見ない映画を想像しながら、主演女優のトークを聞く。なんだかオツだなあ。

同時に、こんなふうにメモを残すブログ、というのも、たまにはあってもいいかもね。

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2017/12/06

ヤバいくらいに

体力が落ちている。
身体とココロって連動しているから、つまり精神の耐久力や瞬発力もヨレッとなりやすい。

や、筋トレのための筋トレは興味ないんだけどね。それでも、こうして「弱っている」と批判的なムードにとらわれると、ふとしたハズミで自虐の連鎖にハマってしまう危険大。

一昨日、テルメ小川で温泉につかってきた。ホントはいろんなバランスのために、すぐそばの薬草園に寄りたかった。あいにく、工事中で休園。温室の可愛子ちゃんや、花壇や畑、林の子たちに会いたかったなあ。

最近は、海水温熱ヒーリングを月一くらいで受けているおかげか、温泉につかっているときに感じる「身体の奥の冷え」みたいな感じが、皆無ではないものの、そういう体感も含めてのいまこの瞬間な自分、という手ごたえで、なんだかやけに心地よかった。安心感というか、いいお守りをもらったというか。

で、その夜は妙に……夜中に目が覚めてそのまま明け方まで寝付けなかった。次の夜、つまり昨夜はさらに極端。九時頃に強烈な眠気におそわれ、そのまま就寝。目が覚めたら丑三つ時。やはりそのまま寝付けず、明け方に就寝。そのまま昼前まで一気に二度寝な熟睡。

そりゃあね。寝る前に「睡眠って大事だわあ」と、眠りの世界に感謝の気持ちを送ったけどさ。効きすぎ。

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