2017/06/01

ヴィオラスペース

二晩つづけて行ってきました。
場所は上野の石橋メモリアルホール。
久々というか、もしかすると自分がピアノを弾いていた頃にどなたか(金田真理子さんがホルンと共演した演奏会、というイメージが)に会いたくて足を運んだ記憶がポッと出ました。もしかするとめちゃくちゃ昔?

めったに行かない場所なので、地図を見ながらゆっくりと上野駅から徒歩。
下町ふうのバーとか居酒屋、中華料理屋さんとか、民家の玄関先を眺めながら、このへんの空気わりと好きかも……と、散歩気分でおりまして。
この建物かなあ、と思ったところで確信がなく、そのまま横断歩道を渡ってもう少しさきまで行ってみようかと歩きだしたところで、ちょうど可愛らしいパピヨンを散歩させていたご婦人が「石橋メモリアルホールに行かれるんですか」とお声をかけてくれました。はい!

「ここですよ。入口わかりにくくて大変よね」と、後ろの建物を指差してくれた。あはは。こういうふうに、誰かに声をかけてもらったとか、変なお店が面白そうだったとか、そういう「場所の力」というのかな。すでに演奏会は始まっている。私も、テキトーな恪好で歩いていたはずですが、それでも石橋メモリアルでのイベントにいくひと、というハマり方ができていたのかな。


P6018473初めてのおまつり。どういう雰囲気なんだろうって。いざ蓋を開けてみたら、知りあいの顔もちらほら。ってか、タメスティの舞台挨拶の通訳さんは、何度かご一緒したことのある大島路子さんだったし。とはいえ、最初は、こっちがバルコニーの最前列というお席を手配してもらっていたので、大島さんだって気づかなかったわ。このところ、英語のプロ通訳というと、もう超絶技巧のリズム感で、麗しいながらもテキパキと言葉をたたみかける神さまレベルの先輩の姿しか見ることもなく、だから大島さんのまったりと「マシンガントークの話者のことばにこだわらず、必要なところだけつまんで、お歳を召した観客にもわかるようなレベルに落とし込む」通訳がかえって新鮮でした。それとは関係なく、タメスティが演目について説明した最後に「あ、今日は奏者の衣装もトリコロールカラーにしました」と付け足したコメントのインパクトが強すぎたってのも笑った。

で、曲目。最初のマラン・マレの主題によるガース・ノックスの曲、おもしろかった。とくにマレ好きなら堪えられない美味しさ。ただ、演奏会冒頭においてあると、聞き手というよりは弾き手のほうが「空気をあっためる」感じになっていたかな。ヴュータンのエレジーは、曲そのものというより、ピアニストを見ているのか見ていないのか微妙な感じで、それでも確信に満ちた構築で聴かせるタメスティの鉄柱めいた佇まいが印象的でした。

ストラヴィンスキーは渋めというか。
レフラーは、波多野睦美さんがともかく圧巻。表現が圧倒的だというだけではなく、舞台での立ち位置の決め方とか。響きの捉え方とぶつけ方とかがね、ひときわ冴えていました。石橋メモリアルって、良いホールなのはまちがいないけれど、音の伝わり方(インパクト)がキツすぎる面もあってね。とくに低音。弦や管楽器だと、イヤでも皆さん、本能的に調和を意識しながら音を放つけれど、ピアノみたいな楽器だとね。あれ、けっこう難しいホールだと思った。ふといま思い出したのが、某オケを振ったフランス人が、拙い英語でのリハで「ここのヴァイオリンの音がまるでコンクリートの壁のようにならないようにしてね」と言ったらコンマスを怒らせちゃって……という事件。コンクリートの壁になっちゃう奏者に向かって「コンクリートにならないようにしてね」と言ってもしょうがない、というかね。それよりは、ちょっと様子をみて、ダメなようなら壁打ちの壁にしてしまえ、というか。あのホールでのピアノは、少しスカスカになるくらいに音を抜かないと、すぐにコンクリートになってしまいそうで、でもそこのあたり、ソリストたちの対応もそれぞれ、というか。波多野さんはともかくみごとだったなあ。

フランクは今井信子さんがさすがの音づくりでいらっしゃいました。ピアノもあの一楽章はステキでした。
武満徹がそこで出てくると、ああ日本人だな、と。ムリせず「ただ弾くだけ」でさまになる。エネスクも、民族調がその流れでわりあいとのれる。ある程度の「型」があって、しかもそれが普遍的。最後のシュターミッツは、赤いドレスのソリストが、全身を音楽にしての表現、たのしかったね。

ヴィオラスペースのイベントページ

曲目、2日分を手打ちでいれようと思ったけれど、サボってページのリンクだけ。
2日目は、フィリップ・エルサンの曲とアキロン・カルテットを聴きたくて行ってきました。
全体についてあれこれ思ったことは、別エントリーでまた書こうと思います。

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2017/05/16

プレステ4を導入したとですよ

今年もありがたいことにお声をかけていただき、GWは有楽町に出ずっぱりでした。

で、しばらく前からゲームがしたい、と口からボロボロついて出ましてね。久しぶりですよ。プレステそのものは2も購入はしなかったんだっけ……というくらいには記憶が古い。友人つながりで、もう使わないからというゲーム機を譲ってもらって、あれで風来のシレンとかは少しやってみた記憶もあるけどね。これが欲しいとかあれやってみたいとか、物欲はそれなりにあるとはいえ、意外と「お金を使う」ということ自体をのぞいては、行動をともなうモロモロについてのハードルが高いワタクシでしてな。

でもゲームは本気でやりたかったらしい。
溜めてしまった〆切仕事を考えると、依頼主さんに申し訳なくて、遊んでいるところを知られたくない!とかいう、もはやだいぶまえにどこかに埋めたはずの「恥」の感情がうごめきましたが。

そんなもんに負けてしまって人生ムダ(という表現そのものがどこか捻じれているけど、それはそれ)にするようなお年頃でもないじゃろ。という、反骨精神がむらむら……というのは大げさかな。

買ってきてしまいましたがな。
プレイステーション4!

私が遅れて来たブームとやらで、ファイナルファンタジーとかドラクエとかにハマったスーファミの最後の頃にくらべて、遊べそうなゲームソフトそのものが「こんなに少なくなってしまったのか」と、店頭の棚の数に驚いたというのもありますが、そういう驚愕とて、いまの出版あれこれの不景気な状況を思えば、なんもおかしいことはない。と、納得する手ごたえに結びつけたりしています。

購入して3日ほどかけて、とりあえずスターオーシャン5を終わらせた。
いまはソフィーのアトリエをのんびりプレイ中。

ゲームやアニメって、マンガよりもさらに世間からの評価が遅れていてさ。
今年になってからだったか、新聞の記事で、高校教師が教え子に「ゲームとかアニメの仕事をしたい」と言われて、そんな不安定な仕事は勧められんと答えたとあって、ついでにいまの社会の経済とか就職状況とか、職業そのものについての統計とかをテキトーに引いてきているのを読んだんです。いやあ、職業差別って、そういうレベルで染みこんでいるのか、と。差別するから差別される。ってか、みんなと同じことやって、憧れの企業に就職をめざし、受験のベルトコンベアにのって、そういう競争ってのかな。めざすさきに、いったい何があるんだろう。

ふと、そんなふうに思って、恐ろしくなったことです。
だって、私のまわりにも多かったよ。そういうふうに頑張って頑張って、頑張ったあげくに壊れちゃったひと。

や、ゲームの話しからズレまくりました。
ゲームやアニメ、仕事をしたいという人がいるなら、なぜどんどん勧めないのかな。
少なくとも、そういうふうに教師として悩める自分よりは、風通しのいい人生を目指せる可能性もあるだろうに。

すみません、ヒトゴトなので言いたい放題。
そんなこんな。

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2017/03/30

買い物メモ@Amazon

今年はCDとか本といった、いわゆる資料の類いの購入を少なくして、持ち物を整理していこう……と思っているわりに、ポツポツとけっこう買い物しちゃってるなあ。とはいえAmazonやHMVサイトからの購入が減っていることは確か。極論すれば、自分の血肉にならない知識はそろそろ要らないお年頃ってことかもね。

そうは言いつつ。日常品の類いは通販で買うのがらくちん。
さきほどポチッたもののメモ。

「ひしおの糀」名刀味噌本舗
「クリスタルガイザー500㎖×24本」青キャップのほうです。
「ワンラック (ONE LAC) お気にいり 低カロリービスケット 300g」

あと、先月ふと買ったビックコミック(雑誌)で気になっていたマンガ。わりとすぐ読みたい気がしたので、TSUTAYAレンタルではなく実物を購入してみた。『響~小説家になる方法』既刊5冊をまとめ注文。

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2017/03/05

自分の勘を鈍らせるな

これは書いておかねば、という。ごく私的なメモでもあります。わざわざブログに書いておかずとも、たぶん来週には「そんなことがあった」ということさえも忘れてしまうかもしれない。でもでもでも……とかね。

通訳仕事(レッスン通訳)がご縁で知りあったピアニスト。女性で、蓋を開けてみたら共通の知りあいがけっこういて、しかもパリのガッコに私とほぼ同じ時期に在籍していたらしく、そのうえ、すごく前向きでエネルギッシュな性格。何より、教え方が上手い。わたし自身が師事した先生方のように「超絶・教えることに命をかけているからこその伯楽」というタイプではなく、あくまで女性教授ならではの、きめこまかく、なおかつダイナミックに弟子の尻を叩ける。この路線にのっかってピアノを弾けば、まじめな学生ということで嫌われないだろうという、枠とレールの設定がキツい。

誰かが言っていたっけ。
ジェルメーヌ・ムニエの後継者って。うん、ちょっとそんな感じ。
言われた本人はイヤがるかもしれないけどね。

で、その彼女とSNSでつながっているものだから、年度末ともなれば、クラスの子らの演奏映像がよくアップされている。こっちの先入観があるのかも……と思いつつ、日本人の子たちの演奏がね。あちこちの音大でもレッスン通訳よくお呼びがかかる私の目からして、これはいったい、という。シャープさがね。決定的にどうも、というか。

いまヨーロッパに留学する子たちのレベルってこんなもん?
私らの時代よりさがった、なんてことはありえないと思う。けど、あれだけちゃんと教えられるはずの師匠についていながらそれって……うーむ。

いずれにせよ、私の目が曇っていたということもあろう。
「いまどきのピアニスト志望」の学生は、昔も今も、絶対に越えるべきラインを越えていける子はごくごく少数ってことかもしれない。そして、友人としてメッセージのやりとりもボチボチ継続しているピアノ教授な女性。とてもすてきで、起業家精神も旺盛にして、私にいろんな人を紹介して仕事をさせようという試みもパワフル!

そのやりとりが始まってすぐにこっちは息切れして、そーっと距離を置いたんだけどさ。その理由は単に「こちらサイドの怠惰ゆえ」ということであって、それ以上でもそれ以下でもない。いまだって、そこに何かをつけ加えようとは思わない。

とはいえ、あの子らの映像を見て「やっぱりねー」と。
納得したことでした。私の無意識って、ヤバそうな匂いとか、切れ味が鈍くて「馬車馬のごとく」走らされそうな気配とか、そのくせ楽しくなさそうかも……という気配を察知する力が最強ってことだ。

うん、そういうことにしよう。
以上、おしまい。

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2016/11/13

無条件にご縁を楽しむ

名演奏ライブラリー

ラジオをつけっぱなしにして散歩から戻って、ちょうどイゾルテの愛の死が始まった。奏者が誰だか知らずに、そしてわからないならわからないでもいいや、と、それでも何か気になって聞き始めるというパターン、最近多い。先日は、わりとどっちつかずの解釈なれど、そうそう、こういう手垢の付いてない感覚で弾くのもありだなあ、と感心したスカルラッティ。あとでいちおう調べてみたら、仙台で同じ送迎バスに乗り合わせてほんの少し雑談して、どういう演奏するのかも知らず、でも無条件にご縁を楽しむというか、応援したいと思った若手のルカ・ドゥバルグだったので、ちょっと嬉しくなったとかね。

追記:
このところ、演奏会出不精の輪にハマっております。先月、ベロフさんに会ったときも「最近は演奏会にあまり行ってないでしょ」と断定されちゃったもんね。うーん、ラロックで毎日二回ずつ演奏会に呼んでもらったけど、最終的にはトマ・オスピタルのオルガンに魂奪われて、いまさらピアノはもうダメかも……とまでは言わなかったけど、オルガン!と笑われた時点で、たぶんもう見透かされたね。

行けば行くほどヨクなる、の法則については、いまさら検証の必要も感じないしさ。仕事で会いに行くひととのご縁を楽しむ、というのは、演奏会に行く自分と必ずしも一致しない気もするのだ。

時間とエネルギーというだけではなく、もっと一期一会というか。そういう「流れ」をつくるためにイベントを吟味したり、予定を組んでチケットを買ったりして、わざわざ足を運んでいく。今年は、音楽ではなく勉強とか自己啓発とか資格系のそういう講座や勉強会・シンポジウム(交流会)やお教室にかよって、情報に振りまわされたり余計な人間関係やエネルギー観察に、あっというまにウンザリしたというか。ああ、書いていてわかった。私はちょっと怒っているのだ。自分のことは自分でどうにかしたいのに、人が集まる場所に、まるでヒツジの群れでも追うかのように、行かなきゃ損とか、自分が大切ならそっちへ行けとか、追いたてられて好きに扱われることに、私は怒っていたみたいね。

演奏会に行かない、というのも、その怒りの余波なのかもしれない。

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2016/11/07

コチシュ

SNSで訃報を知る。→●

享年64歳!
現役の、しかもハンガリー系のピアニスト。
ヴァイオリニストもそうだが、音の肌理というか、触れれば血が出そうな、生々しさが感じられる、というのが私にとってのハンガリーの名手たちのイメージ。

ハンガリーの3羽ガラスと呼ばれた(もしかすると日本だけでの固有の呼び名だったのかもしれぬが)人たちのうち、若い頃は「理屈っぽさ」とは適度な距離のある印象だったラーンキがわりあいと好きだった。正直なところ、すでに売り出し中で招聘や主催者たちの好みや要望の洗礼を受けつつあるピアニストだったラーンキより、コンクールを受けにきたときのイシュトヴァン・セーケイの演奏のほうがさらに好きだった。が、中庸をゆく(というイメージを選びとることでのメリットを享受していた)アンドラーシュ・シフが、いつのまにか日本ではやたら巨匠あつかいされるようになり、そのくせ、態度だけはデカいという印象の演奏(中身のわりにえらそう、ってことね)のくせに、予想をはみ出すようなオーガニックな驚きが皆無のシフの演奏は、私はどうもノーサンキューでしてね。

対象的に、コチシュの知的でありながら豪腕というか。
シフがひっくり返ってもできないような、多方面からの音楽人生。ま、それだってあくまで私的なイメージですがね。コチシュの演奏が気になるようになり、いつしか大好きになってきた。

イヴァン・フィッシャーひきいるブダペスト祝祭管をナマで聴きたい。
そう思うようになったのと前後して、コチシュのナマもぜひ聴きたい。追いかけたい。これからの人生の私の楽しみのひとつ。

と意識するようになっておりました。
64歳って、早いと思う。
けど、早いと思われる時期に天国に召される。そういう人ならではの人生であり、音楽家としての歩みだったのだと思います。

どうぞ安らかに眠ってください。
下界の音楽エネルギーの今後も見守っていてくださいね。

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2016/10/26

電話が苦手になったきっかけ(前エントリーの続き)

書いてみると納得する。

電話というツールが、私にとって「いまを生きていない」という状況をまねきがちのものとなった。それだけのこと。本来は私も長電話がキライじゃなかった。

けど、たまたまある時期、最初から「長電話すること」が目的で電話をしてくる友人が増えたんだよね。もしかすると、それは自分が招いた事象だったのかもしれないけれど。

いま大丈夫? と訊かれれば、ああゴメン、と言うような場面でさえも、なまじトークというか、自分の話をうんと長いことかけて話すことが得意で、しかもマニアックなお友達だと、何やら「こいつならいくらでも話を聞いてくれる」みたいな、思い込みのパワーも強烈でね。

何度か「起きてる時間はほどんど電話に繁がれている」みたいな日を重ねた。電話をキライになったのは、その反動もあったな。

つまり、電話に対しても「きちんといまを生きる」ことができるのであれば、私のこの苦手意識も消えるだろうってことだわ。ふーん。

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自分の苦手を考察する

電話が苦手になったのは、いつの頃からだろう。
携帯電話がどんどん普及してきたのにあわせて、屋外で使い慣れない機械にオタオタしながら、相手の声が聞こえないというストレス&自分がスピーカーにきちんと声を送っていない、という不安にびくつき、さらに携帯電話での用件というのがたいていは「いついつのご予定はいかがでしょう」という、よく知っている相手ならまだしも、いきなり誰それから番号をもらってかけてます、という会ったこともない相手からの、どういう仕事なのかもわからない問い合わせに答えることへのストレスに疲労した、というのが大きい。たぶん。

で、よく考えてみると、いつから日本では「いきなり知らない相手からのコール」に応えることが、社会人としてのプロトコルというか、それができないと人間失格……みたいな概念がここまで大手を振るうようになったのだろう。

むー。そんな概念、ごく一部での妄想でしかない、というのが真実であったりする。
知らない相手であったり、知ってる相手であっても、デートの誘いと同じく、こちらのタイミングがあわないなら電話に出ないことも当然の選択肢として許されるはず、なんだよなあ。

誘ってくるほうは、行動をおこしているわけで、そういう意味では受け身のこっち(この場合)よりも、パワーと道理という味方がある。それだけのこと。

電話をかける、ということは相手の時間を奪うということ。
この大原則を私は腹の底にかかえている。だから私はまず、自分へのコールがいやだという以上に、きちんとした用件(これはどうしてもその相手と話したい、という気持ちの動機であってもかまわない)でもないのに誰かに電話するのが、あるときからとっても苦手になった。

これからそこを、直したいと思えば、きっとこの「思い込み」も修正される。
いまはムリに変えようとしなくてもいい、かな。うん。

同時に、手紙についてもね。
私の中には、びっくりするくらい筆まめな自分と、筆無精で何年もご無沙汰してしまう(けど、その相手のことはめちゃくちゃ大切に思っている)自分と、複数の人間がいるんだね。

ふと思ったのが、筆無精であろうがなかろうが、私が私として「きちんといまを生きる」ことを積み重ねていさえすれば、あとのことはどうにかなる、ってこと。

言い訳を長々連ねたような気もするけど。
頑張っている私、とか、誠実な私、とか、あたまに形容詞をつけないといけない自分はどうせ本物じゃないってこと。うん、そんなこんなで本日のツレヅレを終わります。

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2016/08/17

そろそろ

住み替えを検討する時期を迎えている。
実家の処分に取り組むのは来年以降となるので、それと並行して次の手を摸索しよう。

いまの住まいは、自分が管理組合の理事長やった年に「社会人としていろいろなことを学ばせてもらった」という感謝と、さらに「せめて実績として喜んでもらいたい(何よりも自分のためにと)」という思いから、ペットマンションとしての規約改正に1年弱でこぎつけて総会で決をとった! という実績を感じさせてくれる場所である。

だが、経年と昨今の住民事情というか。
もともと「何はなくとも経費削減」というような、自分の会社でやってくださればよいような、いろんな欲求不満解消のはけ口としてマンション管理の役員をつとめてくださるひとがチラホラと存在した。

バブル末期の頃に建てられたマンションゆえ、という住人の入れ替わりも激しい。

管理会社への値引き交渉や相見積もりの依頼は、やらぬよりはやったほうがよい。それはわかっている。けれども、細かいところ(修繕や植栽)で知りあいの業者へのあっせんとか、いろんな不正はおそらくゆるゆるになりがち。それだってしかたがない。でも、今年はいよいよ、管理委託の内容に大きくメスを入れ、人件費(清掃職員を解雇して、そのぶんの仕事をすべて管理員にやらせる。もちろんいままで毎日やってもらっていた掃除やゴミ出しが週に1回レベルに減らされる)の削減をターゲットにして、管理契約をあらたに締結することになった、とのこと。

ひえ-。
ただでさえ、ダストルームのゴミはだらしないことになりがちだとういうのに!

※実はついさっき、ゴミを出してきてあまりのダラしない捨て方にギョッとして、せめてもということで、ビン缶ペットボトルの分別だけは自前のゴム手袋をはめて、つらつらと分け直してきたところ。いやまあ、それだけやって、ほんの5分とか10分しかかからなかったけど、ホントはペットボトルやビンの置き場に、中身を入れたままモノを放りこんだせいで汚れた床を磨いて終わりにしたかった……。次に機会があればそれもやろう。

マンションって、住んでる人たちの意識次第でどうにでも雰囲気がかわる。
うちのマンションは、今回の予算削減に一役買ってくれたのと同じメンバーが委員会メンバーをつとめた年に実施された大規模修繕で、経費をねぎりまくって見つけてきた業者さんがイマイチで、壁にせよ通路にせよ、クリーニングしたわりにはすっきりしないで、なんだこれは!とひそかに思っていた、という前科がありましてな。

建てられてから初期の頃に住んでいた人たちで、人生やキャリアのステップアップをした人たちはどんどんと引っ越していき、半分くらいはもう入れ代わったんじゃないかな。とくに、私が組合理事長を一回目にやらされたとき、それ以前に役員をやった人たちはほぼ壊滅状態。有名な漫画家さんとか、大手出版社勤務のひともいたようだけれど、その3年後にはみんないなくなっていた。

よっぽど管理組合の仕事に懲りたんじゃなかろうか。
そう思わされるくらいの払底ぶり。

いやまあ、私も余力があるうちに次に行こう。
総会の議決書を読みながら、そう心に決めました。
よっしゃ!

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2016/08/15

レストランでの出来事(昔話)

私がフランスで学生生活を送っていた頃のこと。
正確に言うと、留学時代のわりあいと最後のほうだったかと思います。

出来事その1。
そろそろ帰国を考えるようになった時期のこと、グルメな友人に誘われて、星付きレストランのランチを予約して出かけてきました。日本でも名の知られたロブションの系統の店で、あの伝説的なじゃがいものピュレというか、マッシュしただけのじゃがいもがどうしてこんなに美味いの! と思った記憶はいまでも鮮明。

たまたま、すぐとなりの席に日本人のグループがいらしていた。
観光旅行だったのかはさだかではありません。官僚とか大企業勤務かはたまたよいお家柄の大学教授か、というオーラを放った1、2名がもう少し旅慣れた、たどたどしいながらもなめらかなフランス語と英語のちゃんぽんで「ガイド」というか、ツアコンの役目を買って出たお仲間に連れられて、奥さま連れで有名レストランにやってきた、という風情。

私らが言葉に不自由していないのを見て取ると、上手に不慣れな様子をアピールしつつ、お店の給仕さんとのやりとりの助っ人をこちらがせざるを得ないようにともっていきました。や、スマートなやり口だったので、こちらも苦笑しながらも「たまたま同国のひとと一緒になったご縁なので」と、給仕さんと楽しくおしゃべりしていた、と記憶。

最後のところで、その方たちが「せっかくなのだから記念に」と、お店のメニューを人数分、持ち帰りたいとご所望しました。で、なぜそれを私が通訳しなくてはいけないのか、と、ちょこっと思いながらも、このとおりの「イヤとは言えない性格」なもので、給仕さんにやんわりとお願いしてみたわけです。

すると、すでにかなり仲良くオシャベリしてくれるようになった給仕さん、さすがのプロだと、いま思うのですが、こう答えてきました。

「あなたはとても素敵なお客様で、こちらもお話しすることができて今日は楽しかった。だから、あなたお一人に、こっそりとメニューをひとつ、お譲りすることはこちらとしても喜んでぜひ、なのだが、となりのテーブルのかたたちは、正直なところ、私にとって対応していて楽しいことが何もなかった。だから、あなたがどうしてもと言うなら、人数分のメニューをご用意します。でも、いつでもこういうお願いごとに応じると、彼らに思われたくはありません」

なるほど。
では一部だけ、あのかたたちに差しあげてくださいな。

そうお願いしたような気がする。

そして二つめの記憶。
たまたま日本で、某演奏家のファンである、という共通点がきっかけで知りあったひとが、新婚旅行でパリにやってきて、トゥールダルジャン(!)でのお昼にご招待してくれた。

ありがたや!
と思いまして、図々しくも出かけてきたわけです。
もちろん、その前後のパリ観光のガイドも喜んで勤めさせてもらったっけな。おお、いま思えば、私は「そういうのってイヤ」と言いつつ、それなりにパリのご縁でのツアコンみたいなこと、学生時代からけっこうやっていたではないか。

そして事件は起こった。
いや、表向き何かがあったというわけではないのよ。

こちらの新婚夫妻、気っ風はいいのだけれど、変なところで公共意識に乏しかったというか。前述の「メニューを欲しがったグループ客」よりも、タチの悪いことをやってくれました。

記念にと、トゥールダルジャンの(カトラリーとかでなくてまだマシだったというべき?)灰皿を、こっそりハンドバッグに忍ばせて持ち帰ってしまったのです。悪びれることなく「それくらいのお値段の食事を食べた客だもの、こっちは」と、そうも言っていたっけな。

バブルの時代の話です。
いまのお隣の国の富裕層のひとたちが、もしかするとよく似たことを各地で繰り返しているのかもしれません。

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なんでこんなことを書くかというと、いまになってまた、通訳仕事をたくさん引き受けるようになると、レベルの差こそあれ、こういうふうに「もらえるものはなんでももらう」という、そういうおかたを見かける機会も増えるんだよね。

で、そういうことをヌケヌケとやらかす人たちは、品は悪くとも、仕事がデキたり、お金を持っている(スポンサーになる)ことも、皆無ではない。つまり、私の立ち位置だったら、どういうふうにこういう人たちをスルーするのがよいのだろうか、と。

悩んでいる、というと大げさね。
世の中にはオモシロイ人がいくらでもおるなあ、って。

ちゃんちゃん。

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