膠着
どうしようもなく気持ちがどんよりとする日々。
……今日もダメじゃん、と見切りをつけた土曜日は、吉祥寺まで出かけて少しぶらぶら。ここまでバイオリズム(という用語が正しいのかもわからない)が低下すると、映画を見に行くという技も使えない予感。
何がきっかけでこんなふうに落ちこむのか。毎度のパターンとしてはやはり「在宅モードへの切り替え」がうまくいっていないというのが大きいんだろうなあ。やっぱり外でのアルバイトは、たまの気分転換にはいいけれど、根本的に向いていないのかもしれない……と何年かに一度、こういうサイクルにはまり込むんだよね>自分。「いい刺激をもらえる」ということに惹かれるってのは、人の才能に依存するということに他ならないわけで、だからわたしは「通訳というおしごと」がどうにもうさんくさくて嫌いなんだなあ。専門的なジャンルに特化すればするほど、アシスタント(秘書)とかマネージャーとかプロデューサーとか、そういう面白そうな職業と同じカテゴリーに入ってくる可能性が高い作業だから、無茶苦茶やりがいはあるし、また「自分でも些細な何かを発信する」「何も考えずにともかく物事を眺めているのが好き」「いろんな人がかかわっているプロジェクトの全体像を思い描くのが楽しい」という性格の人間には、けっこう向いてはいるんだよね。
ただ、向いているからとか、やりがいがありそうだからといって、自分の根っこのところの頑なさを飼い慣らしきれずにいる「難あり」の人間が、コミュニケーションにからむ仕事に依存したり、肩入れしても結局はダメだという気もする。ダメというのは、それもある種の「都合のいい逃げ」であるとか、「自分のするべきことは他にある」という、あんたいい歳して今更ナニをほざいておるねん、という「あいまいな理由」の羅列でしかないんだけどさ。
や、ぶつくさ言ってるヒマがあれば……という、いつもの結論にたどりつくしかないのであった。はは。
■吉祥寺の某所で、無料配布誌の最新号をようやくゲット。斜めにだけ読んで、そのあと落ち合って軽くおしゃべりにつきあってもらった友人にパスしたから、細かくはチェックしてないけど、今号は通訳をやらせてもらった記事が二本……だったかな。いや、黒田恭一の追悼記事が掲載されたぶん、次号にまわされたのがもう一本あったんだっけ。目当ての奏者の記事のとなりに、見たくもない知りあいの記事が掲載されていたのを見て、飲み屋で友人といっしょに嘆き節をひとくさり。わたしはまだ見てないけど、大学の図書館で別の音楽雑誌をチェックしたという友人、やはり「となりのページが同じヤツで……」とぼやいていた。いやまあ、同門の人たちが活躍してくれるのはうれしいけど、せめてもう少し「実のある内容の記事」を読みたいよなあ。
■友人もわたしも、ピアノ奏者(への評価)に関しては「苦手な部分」がここ数年ではわりあいと一致していて、世間的には評価が異常なほど高いクリスティアン某とかアンドラーシュ某とか、どこが嫌いかという話で盛りあがった……というより、二人とも自分が言いたいことだけを勝手に言ってたような気もする。いわく、あれはあれで「巧い」「凄い」のかもしれない(と、フォローというか前振りをした瞬間「えー?」「どこがっ?」と合いの手が入るのがありがたい)けど、ああいうふうに演奏のすべてにおいて「予想がついてしまう」「想定内のことしかしてくれない」ピアニストを巨匠あつかいするのって気持ち悪いよね、と。
■そういえば、ポルトガル出身の女流(巨匠といわれてもどうしてもピンとこないんだけど)が講師役をつとめた某番組、たまたま深夜にテレビのチャンネルをあわせたら、助手としてジェロームGが登場していてね……という話になった。学生時代とぜんぜん変わってなかったよ、とのこと。そうだろう、彼は永遠の好青年としての道を歩むはずである。なつかしい。そういえば、ヴァイオリンがへたくそ(というか、ソルフェージュの能力がないんじゃないかという説)だった彼の妹って、誰と結婚したんだっけ……とか。
■追記(思いだしたので):
現役で最高峰のピアニストといえば、私感ですがいまならやはりチッコリーニでしょう。
昔の録音は「きんきらしちゃってるけど」と上記友人と言いあったのは、どうしてかというと、まずわたしが最近入手して「すごい」と驚いたバルビゼ&フェラスの音盤の話をしたわけです。で、とくにこのブラームスの三番のソナタ、様式としてはヴァイオリンのほうがどうもまだ「ちゃらちゃらと派手で技巧的に弾きたがる」「教養不足」の感があるけれど、ともかくライブとして「いまの人たちの演奏会とはあきらかに取り組み方や意識の持ち方のレベルがちがうんだよね」……と拙い言葉でその凄さを説明しようとすると、友人のほうが「バルビゼってやはりすごい人だったんだよね」ということを言いだしたのであった。ありゃ。そう言ってくれるのはありがたいけど、私自身だって師匠が生きているときは「ピアニストとしてのバルビゼに対する世間の評価」というのがうまくイメージのなかで具体像を結ばず、それはたぶん師匠本人が何かにつけてわたしに向かっては「自分は生涯をつうじて一番という評価をもらえたためしがない」「でもそんなことは人生において大切なことではない」と、おそらくはたかが二十歳そこそこの女の子に対してものすごい共感を(涙)持ちつつ吐いてくれた言葉なんだろうけど、そう言われてしまう自分自身のやるせなさもあって、わたしも目を曇らせてしまっていた部分も大きいんだろうなあ。……おっと、話がずれた。
で、なんで友人がそんなことを言ったかというと、つぎにレパートリーとしてどんな曲に取り組もうかと、春頃に摸索していたその友人に、あるフランス人の先生がメールで「シャブリエのブーレ・ファンタスク、ベートーヴェンの作品111、etc...」とアドバイスをしてくれて……という前段があって、シャブリエといえば当然バルビゼの録音。ということで聴いてみたらやはり凄かった、ということらしい。ほかにデジレNという人と、ものによってチッコリーニの演奏も録音があった、ということで冒頭の発言につながるのであった。そういえば、バルビゼがフェラスと出会ったきっかけとなったロンティボーのコンクール(ピアノ部門のほうの入賞者のお披露目コンサートでバルビゼを聴いて、当時まだ十代だったフェラスが「パパ、ぼくはこの人と一緒に弾きたい」と言ったのだそうだ)って、チッコリーニが一位で、バルビゼが五位とかだったんじゃなかったっけ。
| 固定リンク
« じめじめべとべと | トップページ | 鳩 »




















コメント
バルビゼ伝記を執筆してくらはい!! というわけでネタ集めてくらはい!!!
バルビゼ門下インタ集でもなんでも、とにかく読みたい〜!!!
投稿: 有塔・あるとう | 2009/07/09 21:07
わーはは、伝記があればそりゃ、あたしが読みたい。
が、あれだけ複雑な性格(そう見えなかった――晩年はとくに、部外者から見ればただの下品な酒飲みにしか見えなかったところが師匠の弱みでもあったわけですが)の人を評伝にするのは、たぶん不可能なんじゃないかと。奥さん(もとは義妹だった)でさえも、おそらくいまはもう、記憶を美化してしまっているでしょうから、真実なんて誰にも……本人でさえもてあましていた性格と才能であることはまちがいないわけですしね。
投稿: ふじもと | 2009/07/10 08:17