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2016/07/28

コミュニケーションって何だろう

もしかすると、私たちはこの「コミュニケーション」に対して過大評価というか、思い込みや幻想を抱いている面が強いのではないかしら。

よく似ているのが、音楽演奏の世界で言われる「テクニック信仰」ね。若いピアニスト(学生)が、若き巨匠に訴える定番が「テクニックに自信がない」というもの。

いままで耳にしていちばん上手い!と思った回答例が、若かりし日のグルダがアルゼンチンでのマスタークラスで言ったというコトバかな。どうすればよいでしょう、という質問に対して「きみは自分のピアノが好き?」と、質問で返した。仮にもプロになりたい、プロになれるだろうと目されている才能の持ち主であれば、その質問に対して否定形を返すことはほぼありえない。あ、日本人だったらあるかもね。ま、それはともかく。

好きですと答えた若者に、グルダは「ならばきみは良いテクニックの持ち主なんだよ」と。

けだし、それ以外にどう答えろというのか、というくらい的確なオコトバ。つまり、万人に有効なメソッド(技術)なんて存在しないということでもある。

ありがたいことに、毎朝、目を覚ますごとに「私は何も知らない」「ひとと簡単に打ち解ける技術なんてありえない」と、ニュートラルだというだけではなく、どちらかというと否定的なコトバが浮かんでくることが多い。現在の私的な流れとして「何かを学んで一丁上がり」みたいな価値観に少々おつかれ気味のワタシにとって、毎日がリセットでゼロからのスタート。という波に乗る生活は、かえって嬉しい。人生なんてそんなもの。

というか、世にラーニングメソッドと謳うものは数あれど、やってみて上手く行くのは、メソッドが偉いんじゃなく、素直に受けいれて自分の血肉とする人間のほうなんだよなあ。

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2016/07/27

SNSは特殊な場である、という思い込み

SNSなどで、オノレのささやかな日常を晒すことにちょいと疲れて、FBは現在なんとなくお休み中。エンジンをさらに空ぶかしすべきか、それとも完全自粛モードをぶっちぎって辞めてしまおうか、と極端なことを考えないでもない。なんだかちょっと不安定な心境で、それは別にイヤな感じでもありません。ひとつの通過点なのかな、とも。

いろんなエネルギーを上手に使っているひとと出会うことも増えていて、そういう人たちって、どちらかというと「世に出ない」で自分と自分のまわりの世界を鍛えあげ、スッキリ居心地良くさせていくセンスに恵まれている。物事をダイナミックに循環させている、というのかな。

最初の頃、そういうひとを見るたびに、いままでの私にはない発想……という感じだったので、へえ!と。一瞬、目を奪われもしました。けど、それはある意味、新鮮な懐かしさ、とでもいうのかな。子供の頃の自分は、そういう生き方を知っていたっけな、とも。親や環境、そして自分自身の「刷り込み」によって奪われた、パワフルだった時代の自分と再会した、みたいな感じ。

私もそれ、できるよ、うん。って(笑)。

だからブログに戻ってきた、ということでもありませんが、久しぶりに過去ログを読みふけってみて、悪くないじゃん。つか、面白く読めちゃった。

だから、また書こうと決めました。
ブログを刷新する、という計画も並行して進めていますが、無理にいますぐこのブログを辞めちゃうこともないなあ。当面の自分課題は「書きたいときに書きたいことを書く」かな。言葉を変えれば、書くごとに自分らしさを見つめる。私の場合はね、この「自分らしさ」がグニャグニャしていて、つかみ所があるような、ないような。裏を返すと、良くも悪くも筋金入りってことですねん。

いまさら自分探しなんてしたくもないがな。
とりあえず、明日にでもメモしておきたいことがあるので、予告編というか。備忘ってことで軽くアナウンスしておきます。自分用だ。

それは、言葉を使う仕事をしている私について。
いきなり、この週末から十日ほど、仕事でフランスに行くことになりました。で、日本に居っぱなしで翻訳とか通訳とかやっている自分って、いつのまにか、めっちゃエゴがガチッと育っておりましてね。そこんとこ、10年ぶり以上の渡仏でどうほぐれるか。

というような、いままでの流れをブログ記事で俯瞰してみようかな。
続きはまた明日。

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