2017/11/20

コンサートに行かなくなったわけ

わけなんかない。と思う。

最初はね、理屈抜きで「ああこれ行きたい」と思える演奏会が少なくなったなあって。
コンサートって、マラソンハイとか、読書ハイと同じで、きっかけ1つで楽しくなって「また次に行きたい」とスイッチが入って、リズムよく次の出会いを楽しめたら、あとはどんどんとイモヅル。

逆に、いったん火が消えてしまうと敷居が高くなっちゃうんだよね。
知りあいが誘ってくれても「いやその、知りあいだからこそ、演奏は遠慮申しあげた方が」という真理(心理)が働くってのもある。

もちろん、点ではなく線でのおつきあい。演奏家とはそういうものだ、ということも重々承知のすけ。私だって本来はそっちの畑にいたんだし……と思うとかえって意欲が薄れるってのもあるかもね。

特にピアノ。
ま、そういう時期もあらーな。

世の中にはクラシックピアノ以外にも、いくらでも刺激的で奥深い冒険の音楽はたくさんある。未知の世界というだけではなく、フレッシュなインパクトが欲しいと思うなら、いくらでも与えてもらえる。この「いくらでも」というのが、必ずしも妄想領域にいかずとも、楽しい出会いはいくらでもある。自分のありようを進化させていくきっかけは、自分でそうと決めさえすれば、いつでもどこでも、どこからでも抽出可能。

ってことで、新国での椿姫を観てきたいなあって思ったけど、案の定、腰があがらず。読響のメシアンのオペラもね、私は83年の初演をパリで観ていて、これは見に行く「べき」と思いはしたものの、どうもスイッチが入らない。

せめて、松竹系(かな)でやってるソフィア・コッポラの椿姫な映画でも観てこよう。

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2015/08/25

トランセンデンス

ウォーリー・フィスター監督(監督デビュー作とのこと)、ジャック・バクレン脚本のSF映画『トランセンデンス』を観ました。ジョニー・デップ主演。共演はポール・ベタニー、レベッカ・ホール、ケイト・マーラ、モーガン・フリーマン。

しょっぱな、ポール・ベタニーが「かつて友人だった天才2人の夫婦」の庭を訪れるところからずっと、映像が独特の詩情にあふれていて、見惚れました。SF映画って、マトリックス三部作あたりを境にして「映像でどんな表現でもできる」もしくはその可能性を魔法のように見せてくれるジャンルになったと思うけど、そこに詩情味がくわわるのも、最近の傾向かな。そういう流れ、ありがたいというか。大好きなので。

テーマはおそらく、究極の愛。
説明しすぎず、かといって映像美の閉ざされた世界観に自己完結しているふうでもなく。あ、でもそのへんは、観る人の好みがわかれるところかもしれない。

ジョニー・デップ主演のトンデモ映画ということで強烈な印象に残っている『ノイズ』という作品があったけど。よーく考えてみると、あの映画と物語構成の骨子はほぼおんなじなんだよね。ジョニデ、つい最近までずっと、変な映画ばかりに出るひとだという印象があったんだけど、それにしても『ノイズ』はね。豪華キャストと思わせぶりなSFサスペンスで、宇宙から帰ってきたときに宇宙生命体に寄生されたか別のものにされてしまったか、ともかく本人は何か別のものになってしまっていて、そこにもってきて、おうちでデップを迎えた奥さんとの関係がまるで「ローズマリーの赤ちゃん」みたいに怪しい不安に満ちたやりとりに変容していくという。

ああでも、この『トランセンデンス』は、夫であるケーシー(デップ)博士の死に際して、AIにその脳(と記憶)をコピーというか、その脳を原型にして「自分の意志を持つAI」をつくりだす。生きている人間の脳を原型にした人工知能という設定は、SFの世界では「小道具」として登場することは多いけど、そこをメインテーマにするのは、この作品が文字作品ではなく、もともと映像で見せることを前提にしたストーリーだからだろう。

ほどよく示唆的。映像も音楽も、感覚に瑞々しく、そして深く鋭く訴えかけてくるものになっていた。テロリストとして登場してケーシー博士を殺そうとするケート・マーラ(つい最近『ハウス・オブ・カード』で観たばかり)の演技は文句ないけど、それでももう少し、テロリストになった動機や性格を分厚く描いて欲しかったかな。逆に、モーガン・フリーマンは……役者が出てくるだけで観客は好意的に(この大物が出てくるだけのバックボーンや意味づけがあるのだろうと)観てしまうのだけれど、それほどの「引力」が必要なキャラになっていなかったような。

そのぶんポール・ベタニーがみごとなハマりっぷりに見えました。
映画全体としては、私はとても好きで、同じ監督や製作グループの作品を続けて見たくなってしまったくらい。ですが、ウィキによると批評家の評価はイマイチだったとのこと。へー。

あえていうなら、私がすぐに『ノイズ』とか『マイノリティ・リポート』とか、テレビドラマで言うと最近なら『パーソン・オブ・インタレスト』とか。似ている作品がすらすらっと出てきちゃうのがマズイのかな。ああ、そうだ。そういえば製作陣にクリストファー・ノーランの名前があったけど、そのへんとからめて、やっぱりJJエイブラムズ好きな私は、JJのような「約束ごとの枠までおもしろがってしまう」やりかたとあえて対抗しようというような、ライバルを意識しながら作品を構築している感じが楽しかったなあ。JJの『フリンジ』『LOST』『レボリューション』。どれも、SF設定を持ちこんだドラマだというだけじゃなく、やっぱり同時代の映画人たちが互いの影響を意識しあいながら映画を撮っているみたいで、映画もたまにこうして「わりあいとリアルタイム」で続けて見ると面白いなあ。←しばらく映画を観るペースがゆっくりめになっていたから、ついこんなことも呟いてみる。

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2015/08/12

ミッション・インポッシブル~ローグ・ネーションを観てきた

水曜日はレディス・デイ。
映画の日(8月1日)に『バケモノの子』を観てきて、たいへん気に入ったので、久しぶりに映画ゴコロを刺激されました。まだ上映しているのなら、海街ダイアリーを見たいと思ったんだけどね。残念なことにもう終わっちゃっていたので、別のもの。映画そのもので決めるというより、近所の映画館でやっているもののなかから選ぼうってことで、選択肢がかぎられて、今日は『ミッション・インポッシブル』にしようかな。

じつは、前回『バケモノの子』を観たのも、ホントは『ひつじのショーン』を観るつもりで映画館まで行き、ネットでチェックした上映時刻を読み間違えていたことが判明。狙っていた上映回には間に合わず、次は夜だったのでその日はあきらめ、あれこれ迷って『バケモノの子』にしたという。私としては大当たりの映画だったから、よかったんだけど。

そして今回。
ハリウッド映画で、良キャスト、台本もカメラも演出も流れも良く。期待どおりの娯楽映画でした。

中国資本が主力として入って、最初の製作ロゴがチャイナフィルムなんとか(プロダクション)で、タイトルが流れていくところで中国漢字が目立っていたのに時代の流れを感じました。

私はドラマの『エイリアス』の頃からJJエイブラムスのプロダクションはできるだけ追っかけているというのもあって、バッドロボット!のアナウンスは出てくるだけでにんまり。エイリアスがミッション・インポッシブルに進化したものを眺めているというか。キャストの設定とか、役作りやイメージ(製作者の好みとか)から、エイリアスの名残というか、骨の部分が透けて見えると、それまたにんまり。或る意味、お金をゴージャスに使ってつくった同人誌を見ているような気分になる。わはは。

それと嬉しかったのは、音楽の使い方。
フィガロの序曲が流れた瞬間、ああやっぱりモーツァルトって天才だ!って思いましたよ。

そしてイーサン・ホークの助っ人役として登場するベンジー。彼がオペラマニアだという設定。ウィーンの歌劇場でのアクションシーンは笑った! あのおもしろさと、テナーだかバスだかの(調べてない)大ぶりなフルートの仕込み銃とか、舞台の裏を動かす機械の誤作動とか、あのトンデモなおかしさは、実際に舞台裏をよく知っている人だったら一粒で2度美味しい爆笑になると思う。ベートーヴェン(だったか。知ってる曲なのにタイトルをまちがえるのは学生時代からの得意技)の交響曲がチラッと聞こえたり、トゥーランドットの「誰も寝てはならぬ」のスコアが小道具として登場するのもね。

そしてプッチーニのこのアリアは、映画の途中で何度か「音型を流用」したライトモチーフとして使われ、最後でもとのメロディが効果的に登場。音楽担当の名前をチェックし忘れました。ジアッキーノではなかった(だったら気づく点)けど、なんとも洒落てましたね。

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2015/07/17

まれ第16週

絶縁コンビニスイーツの週。
能登での仲間たちと共にあることに、苦しさばかりを感じるようになった一子(イチコ)が、まれに挑戦状をたたきつける。

いやあ、よくできているなあ。
「あまちゃん」との見比べが楽しいとまえに書いたけど、ヒロイン(女優さん)の人間的なオーラというか波動、そしてたくましい美しさという感じ方から行くと、数日まえから「まれ」がぐーんと勢いとパワーと輝きを増してきたような気がします。もちろん、見る人それぞれに受けとめるものは違うだろうから、あくまで私的な好みってことですが。

まれが子供の頃から、レシピや人生の計画をすぐに紙に書き出すのを「なんかそれってどうよ」と思っていたんですけどね。ここにきて、スイーツ対決のレシピをこしらえるとき、まれがそうやって紙に書き出したビジョンが、まさに引き寄せというか、私はいままで「知らない誰か」に教えを乞うのが苦手な方だったんで、ビジョンブックとかビジョンボードとか、幸せを呼ぶ手帳とか。そういうものは横目に見て「む?」と思ってきたんですけど。

今回のヒロインにそれをやらせて。
でもって、似合っているんだなあ。役柄と本人のエネルギーがみごとに一体化している。

名前のつけ方も「まれ」と「一子」か。まれなものと、イチの子つまりいちばんとか一つとか。数字が名前に入っている子がライバルってね。意味深。

そして、今日のコンビニスイーツ対決で、一子はまれが高校生の時のロールケーキ甲子園(だっけ)のテーマ「貧乏幸せ家族」をパクってきます。これ、一子のほうはたぶんパクリという意識だけじゃないと思う。そもそも高校生の時にこういうテーマでケーキを作るまれのことを「めざわりな子」として、複雑な思いを抱いてきた、そのことをまれに思い知らせたやりたい、自分のことを傷つけてきたことを理解しろ。そんなふうに、思いをぶつけているんだよね。

こういう「どっちがどっちをパクったか」というの、私も過去に仲良しと言ってるひとたちほど、勃発しがちな「心のドラマ」だと、実感したことたくさんあるのでね。パクるというか、互いに相手の想像力のなさを非難するんだけどさ。

おもしろい。

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2015/07/08

まれ

今期は連ドラの「まれ」、個人的に久々の大アタリと思ってます。

見どころ満載で、いろんな役者さんのきらきらオーラを楽しめるだけではなく、印象的なセリフの使い方、ちょっとした伏線。さらに朝、少し早めに起きられたら、初回放送時はうまく追いかけて見られなかった「あまちゃん」の再放送とあわせて楽しめる。比べてしまいたくなるような設定の類似までふくめて、クドカンの代表作とまでいわれている「あまちゃん」と続けて見ても、決して見劣りしない。類似点は類似点で楽しませてもらえる。

今日も「あまちゃん」のユイちゃんが上京できなかった鬱屈からヤンキーとなってしまったこと。そのことがまわりの人たちに発覚する場面と、登場時から「あまちゃんのユイ」とのキャラ設定での共通点を指摘されていた「まれ」のイチコが、スタイリストとして活躍している人気ブロガーというのが偽りで、じつはキャバ嬢となっていたことが発覚する場面。暴露のシーンの演出が、ドラマの枠を超えて共鳴しました。

おもしろいねえ。
ドラマのスタート時から、小泉今日子と常盤貴子(ヒロインの母)、宮本信子と田中裕子(祖母という以上に、ヒロインの地方での暮らしにおけるメンター)といった、朝ドラでいつも重要な役どころである「母、祖母世代の女性たち」が、毎日のように二つのドラマを続けて見ることで、勝手にガチンコ勝負に思えてきて、ドキドキするなあって思っていました。

こんなふうに朝ドラを鑑賞している人、ほかにもけっこういらっしゃるのではないかしら。

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2015/06/09

エイリアス

2週間くらい前に「あ、メモしておこう!」と思って忘れていたこと。いまさらですが、海外ドラマのネタです。

パーソン・オブ・インタレスト。これは「エイリアス」の頃からJJエイブラムスを追っかけていたら、はずせないでしょ!というドラマでもあります。

で、シーズン4を見ていてね。ルート役のエイミー・アッカーも、わりと最近にエイリアスの第5シーズン(だっけ)を見直して「あ、出てたんだ。しかも数エピソードにわたっての準レギュラー」と確認したばかりですが、サミーン・ショー役のサラ・シャヒ。

このキャスト
そうか、Lの世界でも確かに見たわ。

でも、それだけじゃない。他にもどうも見覚えがある。ということで調べてみたら、なんと。同じく「エイリアス」の第1シーズンで、ウィル・ティッピンのアシスタント(ガールフレンドっぽい感じ。これは「フェリシアの青春」とかの青春ドラマの流れが残っていたってことね>JJ)役をやっていたのね。しかもあのときは、女子高生がそのままイケイケのおねーちゃんになったというか、金髪っぽくしていたような気がする。役どころはエイリアス(スパイアクション)というより、どちらかというとバフィー。

そのへん、調べているうちに「LOST」を再見したくなってしまったり。ちょうどフールーでの配信サービスが終わってしまったタイミングが悲しい。

そうそう、ちょっと古いけど、ブラッドリー・クーパーの記事があったので、リンク先をメモ。
http://dramanavi.net/news/2013/12/post-2492.php

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2015/05/28

チリー・ゴンザレス

オリヴィエ・ベラミのラジオ番組。「パッション・クラシック」の5月26日放送分。→★ここです。

ジョアン・スファールの「ゲンズブールと女たち」で、ピアノを弾いてるゲンズブールの演奏(手じゃなく音だけだそうですが)吹き替えをやっていたんだっけ。なんとなく試聴中>チリー・ゴンザレス。ケベコワだからフランス語。自分のなかでのヨーロッパとアメリカ、クラシックとポップスの葛藤、クラシックにおいて「記念碑的な作品を書かなかったからその名が不当なほど評価されていない」アルカンやブルクミュラーといった作曲家たちへの思い入れを語り、そういった作曲家を凡庸と言いながら、セリーからアカデミズムへ行った「普通の作曲家」については凡庸よりもなお悪い、と切り捨てている。そこらへんの話っぷり、いつも言い慣れてるといった風情。

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2015/05/07

自分のため。そして誰かのため。

いまやってる朝の連ドラ「まれ」は、かなり楽しみに毎朝みております。何がいいって、オープニング曲がね。しばらくずっと女性のソロボーカルが続いた気がするけど、日本のポップスの女性シンガーって、たいていワタクシ苦手でね。ちょっと聞いて「いい声」とか聞き流すくらいならいいけど、毎日きいてると「この日本語唱歌はイヤ」とか、端的にいうと「ヘタ!」とね。あくまで好みの問題ではござるよ。でも、精神衛生上あまりによろしくないタイプの主題歌が続いてね。自分が子どもだった頃のアニソンスタイルとかならまだしも。

という、歌謡曲批判をするつもりじゃなかった。

今週、主人公のおばあちゃん役で草笛光子さんが登場。役名がロベール幸枝ちゃん。いい演技だと、思うよ、うん。かつてカーネーションで主人公が高齢になってからを夏木マリが演じて、カッコいいなと思った。あれとはまた少し違うアプローチだけれど、仕事をやりぬいた女性ならではの女らしさ。アクティブで切れ味するどい。けれども、貪欲な自分を苦笑しながら受けいれ、社会の中でのポジショニングを摸索してきたというバランスを意識させる演技づくり。

で、幸枝ちゃんの名台詞。パティシエとしての生き方を選びとったことでのことば。「喜ぶ人たちの笑顔が見たいから……なんてことを言う連中はあっという間に脱落していなくなる。世界一のお菓子を作りたい。自分を喜ばせたい。自分のためだと思ってやってきた」だったかな。

そうなのよ。人のためなんて、おためごかしで本物ができあがる試しはない。自分のため。

だけど、それだけだと上手く行かない場面も人生では必ず巡ってくる。だから、誰かのためと、自分が大切に思っているひとの顔を思い浮かべることができるようにしておこう。どんだけ「自分」で、どんだけ欲張りなんだってことだけど。

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2015/05/02

Drop Dead Diva

知的とは言えないファッションモデルの魂が、才気溢れ思慮深いけれど肥満の弁護士ジェーンの体に宿る。舞台女優のブルック・エリオットが、ジェーンを主演する。(ウィキペディア『私はラブリーガル』より)

十日ほど前、タブレットを新調して、ネット配信サービスでの映像が見やすくなった。ついでに机などに固定できるアームをセットで購入したところ、しばらく縁遠くなっていたHuluでドラマを見まくり、前評判通りに「廃人」生活を送っている。というのは大げさだけど。タブレットを注文する直前に「テレビをまったく観ない生活」を数日、在宅のときに意識して送ったら、心身の状態がめっちゃクリアになって、ああこれ、いいなあ。読書も楽しくなるし……と思ったんだけどね。あっというまに、貴重な体験・体感のことは記憶の彼方。

で、ケーブルテレビで何年かまえに少しだけ見て、毎週チェックするのが面倒で視聴をやめてしまったドラマの一つ、この『私はラブリーガル』というのをいまは他の数本と並行して、なんとなく眺めているところ。けっこう楽しい。

いま、第3シーズンの数話目。今朝、目が覚めたときにどうにも身体が重くて起き出す気にならず・以下略。第七話「二人のママ」というのを見ました。このヒロイン(ジェーン)は、前世(?)のデビーだったときは音痴だったけど、歌が上手いという設定。仕事を介して親しくなったデビーの母親と、現世のジェーンの母親、二人と打ち上げでカラオケに行って、二人で歌う場面。その直前の裁判で、陪審員たちに「メカニックのトラブルで機内に閉じこめられた上客たちのストレスフルな状況」を体感してもらうという場面もすてきな演技だったジェーン(ブルック・エリオット)。魅力的な女性であるということは、モデル的な美貌であるかどうかとは無関係、と見ている人を説得させる一瞬だった。そしてカラオケでの歌の場面もしみじみと心に染みた。

ああ、こういうレジメとか、感想コメントを書いてみたくなって、ブログにメモしてみました。今後の課題というと大げさだけどね。

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2015/04/04

最近の海外ドラマ

3月で最終回を迎えたドラマもいくつかある(『ビッグバンセオリー』『コンティニュアム』とか)。それ以外だと、放送で見ているのは『スキャンダル』『スリーピーホロウ』『エンパイア』『クリミナルマインド』『パーソン・オブ・インタレスト』……他にもチェックしているつもりで忘れているものもたくさんありそう。あ、ロー・アンド・オーダーはテレビをつけるときには観るようにしているかな。

録画して見ているものや、レンタルDVDでオトナ借りして見るものもある。

自分で買ったDVDの再視聴もよくやるしね。最近だと『ザ・ホワイトハウス』を全話まとめて日本語で見直し。ハマりまくりました。NHKが途中で放送をやめてしまったとき、フランス語版のDVDを購入して最後まで見ちゃったので、日本語で見るのが新鮮!

その後、最近の海外ドラマにハマるきっかけになった『エイリアス』をポチポチ見直しています。
※何かこうして「久しぶり」「気になっていて」見始めたドラマから派生して、あれも見たい、これも見たい。と思ったものはキチンと覚えて置いて追っかけよう、と思ったことをここにメモ。たとえば、久しぶりに『エイリアス』を見て、ああいうコスプレ系のアクションエンタメ、およびJJエイブラムスのあれは出世作だものね。JJのドラマを他にも追っかけて見なくちゃ!と思ったんだよね。ま、そのへんは、生活の中でのバランスでもあります。

現在、さらに並行して「SUITS/スーツ」を再見しておりますが。あれ、まとめて見るほうがおもしろいね。弁護士ものはわりと好きで「スーツ」は最初に観たときは、へんに凝りすぎ?とか女の子のキャラが中途半端?とか思って、あまりハマらなかったんだけど、ハーヴィー、マイク、そしてルイスというレギュラー男性陣の描き方が楽しい。

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