2017/06/01

ヴィオラスペース

二晩つづけて行ってきました。
場所は上野の石橋メモリアルホール。
久々というか、もしかすると自分がピアノを弾いていた頃にどなたか(金田真理子さんがホルンと共演した演奏会、というイメージが)に会いたくて足を運んだ記憶がポッと出ました。もしかするとめちゃくちゃ昔?

めったに行かない場所なので、地図を見ながらゆっくりと上野駅から徒歩。
下町ふうのバーとか居酒屋、中華料理屋さんとか、民家の玄関先を眺めながら、このへんの空気わりと好きかも……と、散歩気分でおりまして。
この建物かなあ、と思ったところで確信がなく、そのまま横断歩道を渡ってもう少しさきまで行ってみようかと歩きだしたところで、ちょうど可愛らしいパピヨンを散歩させていたご婦人が「石橋メモリアルホールに行かれるんですか」とお声をかけてくれました。はい!

「ここですよ。入口わかりにくくて大変よね」と、後ろの建物を指差してくれた。あはは。こういうふうに、誰かに声をかけてもらったとか、変なお店が面白そうだったとか、そういう「場所の力」というのかな。すでに演奏会は始まっている。私も、テキトーな恪好で歩いていたはずですが、それでも石橋メモリアルでのイベントにいくひと、というハマり方ができていたのかな。


P6018473初めてのおまつり。どういう雰囲気なんだろうって。いざ蓋を開けてみたら、知りあいの顔もちらほら。ってか、タメスティの舞台挨拶の通訳さんは、何度かご一緒したことのある大島路子さんだったし。とはいえ、最初は、こっちがバルコニーの最前列というお席を手配してもらっていたので、大島さんだって気づかなかったわ。このところ、英語のプロ通訳というと、もう超絶技巧のリズム感で、麗しいながらもテキパキと言葉をたたみかける神さまレベルの先輩の姿しか見ることもなく、だから大島さんのまったりと「マシンガントークの話者のことばにこだわらず、必要なところだけつまんで、お歳を召した観客にもわかるようなレベルに落とし込む」通訳がかえって新鮮でした。それとは関係なく、タメスティが演目について説明した最後に「あ、今日は奏者の衣装もトリコロールカラーにしました」と付け足したコメントのインパクトが強すぎたってのも笑った。

で、曲目。最初のマラン・マレの主題によるガース・ノックスの曲、おもしろかった。とくにマレ好きなら堪えられない美味しさ。ただ、演奏会冒頭においてあると、聞き手というよりは弾き手のほうが「空気をあっためる」感じになっていたかな。ヴュータンのエレジーは、曲そのものというより、ピアニストを見ているのか見ていないのか微妙な感じで、それでも確信に満ちた構築で聴かせるタメスティの鉄柱めいた佇まいが印象的でした。

ストラヴィンスキーは渋めというか。
レフラーは、波多野睦美さんがともかく圧巻。表現が圧倒的だというだけではなく、舞台での立ち位置の決め方とか。響きの捉え方とぶつけ方とかがね、ひときわ冴えていました。石橋メモリアルって、良いホールなのはまちがいないけれど、音の伝わり方(インパクト)がキツすぎる面もあってね。とくに低音。弦や管楽器だと、イヤでも皆さん、本能的に調和を意識しながら音を放つけれど、ピアノみたいな楽器だとね。あれ、けっこう難しいホールだと思った。ふといま思い出したのが、某オケを振ったフランス人が、拙い英語でのリハで「ここのヴァイオリンの音がまるでコンクリートの壁のようにならないようにしてね」と言ったらコンマスを怒らせちゃって……という事件。コンクリートの壁になっちゃう奏者に向かって「コンクリートにならないようにしてね」と言ってもしょうがない、というかね。それよりは、ちょっと様子をみて、ダメなようなら壁打ちの壁にしてしまえ、というか。あのホールでのピアノは、少しスカスカになるくらいに音を抜かないと、すぐにコンクリートになってしまいそうで、でもそこのあたり、ソリストたちの対応もそれぞれ、というか。波多野さんはともかくみごとだったなあ。

フランクは今井信子さんがさすがの音づくりでいらっしゃいました。ピアノもあの一楽章はステキでした。
武満徹がそこで出てくると、ああ日本人だな、と。ムリせず「ただ弾くだけ」でさまになる。エネスクも、民族調がその流れでわりあいとのれる。ある程度の「型」があって、しかもそれが普遍的。最後のシュターミッツは、赤いドレスのソリストが、全身を音楽にしての表現、たのしかったね。

ヴィオラスペースのイベントページ

曲目、2日分を手打ちでいれようと思ったけれど、サボってページのリンクだけ。
2日目は、フィリップ・エルサンの曲とアキロン・カルテットを聴きたくて行ってきました。
全体についてあれこれ思ったことは、別エントリーでまた書こうと思います。

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2016/11/13

無条件にご縁を楽しむ

名演奏ライブラリー

ラジオをつけっぱなしにして散歩から戻って、ちょうどイゾルテの愛の死が始まった。奏者が誰だか知らずに、そしてわからないならわからないでもいいや、と、それでも何か気になって聞き始めるというパターン、最近多い。先日は、わりとどっちつかずの解釈なれど、そうそう、こういう手垢の付いてない感覚で弾くのもありだなあ、と感心したスカルラッティ。あとでいちおう調べてみたら、仙台で同じ送迎バスに乗り合わせてほんの少し雑談して、どういう演奏するのかも知らず、でも無条件にご縁を楽しむというか、応援したいと思った若手のルカ・ドゥバルグだったので、ちょっと嬉しくなったとかね。

追記:
このところ、演奏会出不精の輪にハマっております。先月、ベロフさんに会ったときも「最近は演奏会にあまり行ってないでしょ」と断定されちゃったもんね。うーん、ラロックで毎日二回ずつ演奏会に呼んでもらったけど、最終的にはトマ・オスピタルのオルガンに魂奪われて、いまさらピアノはもうダメかも……とまでは言わなかったけど、オルガン!と笑われた時点で、たぶんもう見透かされたね。

行けば行くほどヨクなる、の法則については、いまさら検証の必要も感じないしさ。仕事で会いに行くひととのご縁を楽しむ、というのは、演奏会に行く自分と必ずしも一致しない気もするのだ。

時間とエネルギーというだけではなく、もっと一期一会というか。そういう「流れ」をつくるためにイベントを吟味したり、予定を組んでチケットを買ったりして、わざわざ足を運んでいく。今年は、音楽ではなく勉強とか自己啓発とか資格系のそういう講座や勉強会・シンポジウム(交流会)やお教室にかよって、情報に振りまわされたり余計な人間関係やエネルギー観察に、あっというまにウンザリしたというか。ああ、書いていてわかった。私はちょっと怒っているのだ。自分のことは自分でどうにかしたいのに、人が集まる場所に、まるでヒツジの群れでも追うかのように、行かなきゃ損とか、自分が大切ならそっちへ行けとか、追いたてられて好きに扱われることに、私は怒っていたみたいね。

演奏会に行かない、というのも、その怒りの余波なのかもしれない。

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2016/11/07

コチシュ

SNSで訃報を知る。→●

享年64歳!
現役の、しかもハンガリー系のピアニスト。
ヴァイオリニストもそうだが、音の肌理というか、触れれば血が出そうな、生々しさが感じられる、というのが私にとってのハンガリーの名手たちのイメージ。

ハンガリーの3羽ガラスと呼ばれた(もしかすると日本だけでの固有の呼び名だったのかもしれぬが)人たちのうち、若い頃は「理屈っぽさ」とは適度な距離のある印象だったラーンキがわりあいと好きだった。正直なところ、すでに売り出し中で招聘や主催者たちの好みや要望の洗礼を受けつつあるピアニストだったラーンキより、コンクールを受けにきたときのイシュトヴァン・セーケイの演奏のほうがさらに好きだった。が、中庸をゆく(というイメージを選びとることでのメリットを享受していた)アンドラーシュ・シフが、いつのまにか日本ではやたら巨匠あつかいされるようになり、そのくせ、態度だけはデカいという印象の演奏(中身のわりにえらそう、ってことね)のくせに、予想をはみ出すようなオーガニックな驚きが皆無のシフの演奏は、私はどうもノーサンキューでしてね。

対象的に、コチシュの知的でありながら豪腕というか。
シフがひっくり返ってもできないような、多方面からの音楽人生。ま、それだってあくまで私的なイメージですがね。コチシュの演奏が気になるようになり、いつしか大好きになってきた。

イヴァン・フィッシャーひきいるブダペスト祝祭管をナマで聴きたい。
そう思うようになったのと前後して、コチシュのナマもぜひ聴きたい。追いかけたい。これからの人生の私の楽しみのひとつ。

と意識するようになっておりました。
64歳って、早いと思う。
けど、早いと思われる時期に天国に召される。そういう人ならではの人生であり、音楽家としての歩みだったのだと思います。

どうぞ安らかに眠ってください。
下界の音楽エネルギーの今後も見守っていてくださいね。

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2015/09/12

ピリス(ピレシュ)のショパン

ショパンのソナタ第三番

朝の目覚ましがわりにラジオのタイマー入力を使うようになって10年以上……ヘタすると20年か。最初の頃はJ-wave だったけど、なんだか飽きてきたのでNHKのAMにして、最近なんだかうちの機器(アンテナも?)が古くなってきて接触不良がひどくなってきたらしく、NHK-AMだと雑音がバシバシうるさいので、なんとなくNHKのFMにチェンジ。

意外と、NHK-FMでもまだクラシックを流してくれていることがわかって少しだけホッとしたり。

私もご多分に漏れず、曲自体は元プロとしてあるまじく「よく知らない」ほうなんですがそれでも! ラジオから聞こえてくる音源がなんの曲かとか、それがわからなければ奏者は誰でとか、推理して遊ぶのが大好きでね。

せめて二十歳くらいのときに、いまくらいの好奇心があれば、もう少し音楽やる人間として立派なレベルまで到達したかもしれないけど。ま、若くて体力まかせで、自分が何をどうすればどういう道が開けるのかとか、そういうイマジネーションを鍛錬する機会をほとんど与えられたことがなければ、あれでもよくやったという感じかね。

で、最近のことに話を戻すと。
リーディングというか、ジャンルとしては占いとかコーチングとかコンサルという範疇になるのかしらね。そういうものを受けてきて、ありがちですが、ふと気になって!ということに始まるタイミングが自分でもびっくりするくらいするするっとたぐりよせられてくるとき、自分にとってほんとに必要な物が必要な流れの中で得られるんだなあって。

お話してもらっているなかで、大事なポイントがいくつもいくつもあったんだけど。なかでも「どんなに否定しても、封印しても、あなたという人間のベースは音楽であり、いまのあなたを形成している要素の少なくとも三分の二はピアノである」ということをご指摘いただきました。これ、見てくださったかたがそう思うということではなく、私自身のココロがそう言っていて、それが痛いほどに強くきこえてくる……のだそうで。しかも、そう言ってもらったときに、いわゆるセラピーのたぐい(私はあんまり受けたことないけど)の本当に上質なセッションはそうなんだろうなって、あとから思ったけどさ。涙がボロボロとこぼれそうになってね。泣き崩れたくなるっていうのとも違ったけど。あれっていったいなんだったんだろう。泣けて泣けてしょうがなかった。そう言ってもらってココロが号泣した。

ま、そういう自分であることを受けいれましょう。
ってことだったのかな。

だから、今月(そしてたぶん今後しばらく)の課題が、ピアノと私。そういうことになりそうです。

そしてラジオに話を戻すと、あのセッション以来、ピアノの音がラジオから流れてきても、わりと淡々とした気持ちで聴けるようになった……気がする。いや、演奏にもよるんだろうけどさ。

ショパンについては、母のエネルギーが強すぎたってコトもありそうね。思い入れが強すぎて、これからも聴くたびに胸がうずくんだろうなあ。ふと、隣の部屋でつけっぱなしにしたラジオからショパンの三番のソナタが流れてきたとき、わりとかっちりと、草書体にとりつくろってはいるけれども、あんまり潤いがない演奏で、だけど好きでもないしキライと言い切るほどでもない。端正な音づくりは、ちょっと神経症的なところもあるけど、私が苦手とするツイメルマンでもなく、ドイツ系のひとでもなく、基本ができてないことがほとんどのポーランドの初々しい若者たちでもない。アルゲリッチにしてはへっぽこ。わりと女性的だけど、そういう傾向の強い男性奏者……いや、女性か、そうでなければ中堅の男性奏者か。好みのタイプではないとは言え、音の質感がそれなりに心地よいから、日本人ではありえない。

と思ったら、ピリスとな。
へえ。なるほどね。よいもの聴かせていただきました。自分じゃCD買わないだろうが(グラモフォンのセットで入ってることが多いけど、あのへんのセットはひととおり聴いたら処分することにしている)、きちんとした演奏は思ったよりも好印象。ナマで聴けばきっともっと素敵でしょう。

以上、推理ゲームたのしゅうござった。
どうぞよい一日を。

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2015/08/12

ミッション・インポッシブル~ローグ・ネーションを観てきた

水曜日はレディス・デイ。
映画の日(8月1日)に『バケモノの子』を観てきて、たいへん気に入ったので、久しぶりに映画ゴコロを刺激されました。まだ上映しているのなら、海街ダイアリーを見たいと思ったんだけどね。残念なことにもう終わっちゃっていたので、別のもの。映画そのもので決めるというより、近所の映画館でやっているもののなかから選ぼうってことで、選択肢がかぎられて、今日は『ミッション・インポッシブル』にしようかな。

じつは、前回『バケモノの子』を観たのも、ホントは『ひつじのショーン』を観るつもりで映画館まで行き、ネットでチェックした上映時刻を読み間違えていたことが判明。狙っていた上映回には間に合わず、次は夜だったのでその日はあきらめ、あれこれ迷って『バケモノの子』にしたという。私としては大当たりの映画だったから、よかったんだけど。

そして今回。
ハリウッド映画で、良キャスト、台本もカメラも演出も流れも良く。期待どおりの娯楽映画でした。

中国資本が主力として入って、最初の製作ロゴがチャイナフィルムなんとか(プロダクション)で、タイトルが流れていくところで中国漢字が目立っていたのに時代の流れを感じました。

私はドラマの『エイリアス』の頃からJJエイブラムスのプロダクションはできるだけ追っかけているというのもあって、バッドロボット!のアナウンスは出てくるだけでにんまり。エイリアスがミッション・インポッシブルに進化したものを眺めているというか。キャストの設定とか、役作りやイメージ(製作者の好みとか)から、エイリアスの名残というか、骨の部分が透けて見えると、それまたにんまり。或る意味、お金をゴージャスに使ってつくった同人誌を見ているような気分になる。わはは。

それと嬉しかったのは、音楽の使い方。
フィガロの序曲が流れた瞬間、ああやっぱりモーツァルトって天才だ!って思いましたよ。

そしてイーサン・ホークの助っ人役として登場するベンジー。彼がオペラマニアだという設定。ウィーンの歌劇場でのアクションシーンは笑った! あのおもしろさと、テナーだかバスだかの(調べてない)大ぶりなフルートの仕込み銃とか、舞台の裏を動かす機械の誤作動とか、あのトンデモなおかしさは、実際に舞台裏をよく知っている人だったら一粒で2度美味しい爆笑になると思う。ベートーヴェン(だったか。知ってる曲なのにタイトルをまちがえるのは学生時代からの得意技)の交響曲がチラッと聞こえたり、トゥーランドットの「誰も寝てはならぬ」のスコアが小道具として登場するのもね。

そしてプッチーニのこのアリアは、映画の途中で何度か「音型を流用」したライトモチーフとして使われ、最後でもとのメロディが効果的に登場。音楽担当の名前をチェックし忘れました。ジアッキーノではなかった(だったら気づく点)けど、なんとも洒落てましたね。

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2015/06/12

通訳おしごと

6月14日のマスタークラス

自分用の記録をかねて、お知らせまで。

以下、思いつくまま。
前回にルヴィエと会ったとき、いままで某財団や某……ま、このへんは差し障りありすぎるのでボカしますが、どこも最初のツテをつけるべく、最初にルヴィエの招聘を「本気で継続的に手がけてくれようとした某社つながり」に頼ってきて、問い合わせを受けたほうは気さくに「将来のさまざまな可能性につながるのだから」と情報を惜しみなく共有し、ルヴィエの来日時期の調整にも応じてくれた。なのに、いったん招聘企画がかたまると、「よろしく」と最初は下手に出てアプローチしてきた方は、今度は自分たちが主体となって呼ぶのだからと、わけのわからない既得権を盾にして、情報を外に出すことをイヤがり、ルヴィエにかぎらず、招聘教授がよそで仕事をすることも許さないという姑息な態度に出ることが続いたそうです。「ここだけだったよ、すべてに対してウェルカムと、かかわった人たちが自由に動けるようにアレンジしようという理念を感じさせてくれたのは」と、ルヴィエの言葉。

私もね。フリーランスの立場であちこちに出入りして、どこでも基本的には楽しく仕事をさせていただいたけれど、ビジネス(大学でさえも!)の看板を掲げているところは、いざというときに「手柄はすべて社内で」「収益や広報にかかわるかどうか以前に、情報は外に出さない」「三方よし? ありえない」というところがほとんど。呼ばれる側は、契約・雇用の条件が悪いときほど「今回はこれで我慢するが、これはあくまで次につなげるための営業活動である」という意識があるのだけれど、そこのところは見て見ぬふり。演奏家ならともかく、レッスンやマスタークラスのアレンジでそれってどうよ。そんなんだから日本の音楽業界は閉塞感ばかりが募っていく。

そういうことを大っぴらに言わないまでも、顔色にはにじんでしまう未熟者でした。あたくし。で、そこのところを「暗黙の了解」とか「通訳の守秘義務」ってことで、ロボットみたいにひたすら言われたことだけやれ!でないと……というハラスメントも横行していてね。20年やって、ほとほとイヤケがさしました。

ま、いいけどね。

追記・昨夜、久しぶりにドラマの「ライ・トゥー・ミー」の第1シーズンのあたまのほうのエピソードを幾つか観ていて、戦地に派兵された小団でのレイプを扱った話があった。上官にレイプされつづけて、レイプしたほうは「継続的な関係だった」「一緒に撮った恋人同士ならではの写真もある」と主張。ところが、被害者のほうは「言いなりにならなければ危険な当番制の任務にまわされる」という恐怖から応じていて、拒否することもできずにいて、しまいにはミッションから離脱。最後の最後で「恋人関係だったからこそ、危険な任務はやらせなかった」という言質を加害者からとったところで、それはやはり軍隊特有のハラスメント、つまりレイプであったという結末。そこまではいかずとも、似たような「言うことを聞かないと次に仕事をまわさない」という程度のハラスメントは、フリーランスであれば身に染みて経験しまっせ。ハラスメントなのか、そうでないのかの線引きがむずかしいけどね。ここでも思うのが、日本ではやっぱり「能力以上に、コミュニケーション能力が重視される」ということ。このコミュニケーションというのがクセモノ。そのへん、考えすぎるとウツになって仕事やめたくなるだけならともかく、マジで死にたくなるから、あんまり考えないほうがいい、と思います、最近。

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2015/05/28

チリー・ゴンザレス

オリヴィエ・ベラミのラジオ番組。「パッション・クラシック」の5月26日放送分。→★ここです。

ジョアン・スファールの「ゲンズブールと女たち」で、ピアノを弾いてるゲンズブールの演奏(手じゃなく音だけだそうですが)吹き替えをやっていたんだっけ。なんとなく試聴中>チリー・ゴンザレス。ケベコワだからフランス語。自分のなかでのヨーロッパとアメリカ、クラシックとポップスの葛藤、クラシックにおいて「記念碑的な作品を書かなかったからその名が不当なほど評価されていない」アルカンやブルクミュラーといった作曲家たちへの思い入れを語り、そういった作曲家を凡庸と言いながら、セリーからアカデミズムへ行った「普通の作曲家」については凡庸よりもなお悪い、と切り捨てている。そこらへんの話っぷり、いつも言い慣れてるといった風情。

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2015/05/25

音プレ第1回

音楽を愛する人のためのプレゼンテーション会

昨日、私がスピーカーとして参加してきたのはこのイベントです。飯田有紗さんもMCで仰っていたように、今年のお正月に飯田さんが「今年は音楽TED(のようなこと)の企画を立ちあげてみたい」とFBに抱負としてあげて、私は確かあのとき、どちらかというと「どなたかがホストとなって、聴衆のまえでスピーカーからお話をうかがう」というような、トークショーとかインタビュー、あるいは「徹子の部屋」形式のものをイメージして、はいはいはーい!と「飯田さんの話を私がうかがいたいです」という勢いで手を挙げたのでした。そもそも英語文化に対して、まずは身がまえてから「へえ~、ふーん」と向きあう姿勢がデフォルトとなっているので、TEDというシステムについても「アングロサクソン臭が強いよなあ」と、面白いと思うと同時に、ウサンクササも感じておりましたもので、はい(汗)。

が、今回はまず、なんでも気になったら自分で体験してみるのがベストだなあ、と。第1回を終えてみて、しみじみ実感しております。いままで「呼ばれて行って、セミナーや講演会のかたちでお話しする」というお仕事については、アウトプットばかりだとインプットがいびつになりやしないかと、そんなふうに斜めに見たくなることもありました。が、この音プレだと「聴衆もスピーカーも、一律に二千円の参加費」という仕組みで、つまり、音楽業界(ほかの業界でもケースバイケース)でありがちな「スポンサーが口を挟む」という、ありがちの横槍が最初から除外されている。だからこそ、二千円とはいえ、払ったぶんだけ「全員が同じ立ち位置」で、自分のやりたいことをやりたいスタイルですることができる。

それと、企画を呼びかけた飯田さんと、集まってきた7人のスピーカー。初回がこのメンバーで、あのお話を(と、それぞれ)あの場所で聞けたということ。たまたまくじ引きで「7人中の6番目」という順番を自分が引き当てて、5人のお話をそれぞれに聞かせていただくたび、そのお話の内容に反応してしまいたくなったり、自分のなかで次々に浮かんでくる「この話もしたかったな」という声を聞いたり、本当に楽しい経験をさせてもらった。

自分でも「その気になれば引きだしはたくさんあるほう」と思いつつ、どういうふうに話を聞いてもらうのがよいのか、あまり意識する時間もないまま、いままでなんとなく「目の前のことに邁進」できました。こんなふうに、言葉にして話す機会は貴重でした。

刺激をたくさんいただきました。これが自分のなかでどんな波紋となっていくのか、ひきつづき、この「体感」を丁寧に観察していこうと思います。

あらためて、ありがとうございました。

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2015/05/19

英国ロイヤル・オペラの来日公演

パッパーノが振るオペラに気をつけろ!

ぶらあぼの記事。
うわ、今年は演奏会に行くのは控えめにしようと思っていたはずなんだけど、これ見てやはり血が騒ぐ。

ラ・フォル・ジュルネで来日したピエール・アンタイのインタビュー通訳をしたとき……あの頃、KAJIMOTOのほうから振り当てられる通訳仕事は「ありがたい」と思いつつ二の次にして、ハルモニア・ムンディとミラーレ(ルネさんのレーベル)の広報を手がけていた事務所の仕事を最優先でやらせてもらっていたんだっけ。通訳仕事は、ただ「必要だから」と振られても虚しくなるだけで、それよりも出会いの楽しさを味わわせてもらわないと意味がない。そのことをあの数年間で実感させてもらった。豊かな学びの機会を得られたことにあらためて感謝。

で、その仕事を紹介してもらったきっかけも、いま思うとジャン=ギアンなんだよね。ケラス→日本での担当マネジャーさん→ハルモニア・ムンディ→いまはクローズしてしまったインプレッションという広報事務所。紹介がめぐって、いろんな仕事をさせてもらった。

なかでも印象的だったのが、ピエール・アンタイとの出会い。
まえにも書いたことがあるかもしれないけど、インタビューの通訳で会って、演奏を聞いたこともなかったくせに、通訳しているうちに「このひと、好きだな」と、あの手、あの目、あの話しっぷりに惚れこんで、まちがいなく演奏も私好みであるはずだと確信した。音楽通訳それもとくに広報仕事での通訳は、完全な黒子に徹して、出過ぎたマネをしてはいけない。そういう枠を自分に課していた(最初からその枠を「あちらから」取っ払ってきた唯一の例外がケラスだったけど、それはまた別の話)私が、初めてアンタイに「来日予定は?」「どこに連絡すればあなたの情報が把握できるのでしょう」と、個人的に質問を連発。日本でのマネジャーの名前はね……と個人の名前を口にしたアンタイいわく、彼がすべて把握しているから彼に聞いてほしい、と。その名前を聞いて驚いたね。なんと、私がピアノを弾いてたときにお世話になったマネジャーさん。事務所が解散して、どこかよそに移ってマネジメント業務を続けているらしいとは聞いていたけれど、まさかこういうかたちでまたお名前を耳にするとは!

すぐに連絡をとって、ランチをおごってもらって近況確認。
あれが2010年くらいのことであったか。その流れで、暑い時期に上野で「ぶらあぼ」の編集氏をまじえて、三人でごはん食べたことがあって、あれはいったいなんであのメンツで飲みに行ったのか。そのへん記憶が遠いのだけれど、なぜかパッパーノの話になって「いちばん気になる指揮者!」と言いあったのは覚えているなあ。

ああ、それと「フランス語で歌うひとだとどのへんが?」と聞かれて、ルミューとピオー(この順番)!と即答したら、マネジャーさんがめっちゃ嬉しそうに「ピオーは再来年に招聘します」と胸を張って(笑)。

英国ロイヤルの来日公演、チケット代がいくらになるかはわかんないけど観に行きたい!と思った話から、ピオーの話につながっちゃったわ。出かけるのが億劫なモードになっていたので、ピオーどうしようかと迷っていたのです。行けってことかな。むん。

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テアトル・エコー公演

けっこうな結婚

このサイトでのアナウンスで、スタッフのリストのところに名前が出ているかどうかは見ていないけれど、桐朋での高校同級生の後藤浩明くんが協力(本人のコメントでは「お手伝い」と)しているらしい。音楽での協力となると、どういうかたちでの登場なのかはわからないけれど、おそらくはナマ音で楽器を弾いての舞台音楽を手がけているか、それとも……?

大学卒業してわりとすぐの頃から、同級生たちが「話題になってるミュージカルを観に行ったら、オケピットで後藤くんが八面六臂の大活躍でピアノを弾いていてビックリ」とか「演劇舞台に衣装を着て乗っかって楽器を弾いていた」とか、活躍ぶりを耳にするようになっていた。私自身は、何年かまえに仙川アンサンブルでピーターさんが演出を手がけた「ロミオとジュリエット」を、翻訳家のお友達のおおのさんがボランティアスタッフとしてかかわっていらした時にチケット手配していただき、観に行ってみたら後藤くんが出演していて、しかも「音楽家」という役どころは、控えめながらも舞台全体の色調をきっちりと決めるための大切なパーツの一つ。どの役者さんも素晴らしかったけれど、そこに後藤くんが自然体でくわわることで、舞台に不思議な説得力が付加されていたことです。公演後に「おひさしぶり」と会いに行って、いつかまたお仕事を拝見したい、と。その後、「ああ、観に行きたいなあ」という舞台情報をたくさん目にしたけど、なかなか再会できておりません。

今回はどうかなあ。チェックしておかなくちゃ始まらないしね。

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