2017/12/06

ヤバいくらいに

体力が落ちている。
身体とココロって連動しているから、つまり精神の耐久力や瞬発力もヨレッとなりやすい。

や、筋トレのための筋トレは興味ないんだけどね。それでも、こうして「弱っている」と批判的なムードにとらわれると、ふとしたハズミで自虐の連鎖にハマってしまう危険大。

一昨日、テルメ小川で温泉につかってきた。ホントはいろんなバランスのために、すぐそばの薬草園に寄りたかった。あいにく、工事中で休園。温室の可愛子ちゃんや、花壇や畑、林の子たちに会いたかったなあ。

最近は、海水温熱ヒーリングを月一くらいで受けているおかげか、温泉につかっているときに感じる「身体の奥の冷え」みたいな感じが、皆無ではないものの、そういう体感も含めてのいまこの瞬間な自分、という手ごたえで、なんだかやけに心地よかった。安心感というか、いいお守りをもらったというか。

で、その夜は妙に……夜中に目が覚めてそのまま明け方まで寝付けなかった。次の夜、つまり昨夜はさらに極端。九時頃に強烈な眠気におそわれ、そのまま就寝。目が覚めたら丑三つ時。やはりそのまま寝付けず、明け方に就寝。そのまま昼前まで一気に二度寝な熟睡。

そりゃあね。寝る前に「睡眠って大事だわあ」と、眠りの世界に感謝の気持ちを送ったけどさ。効きすぎ。

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2017/12/03

ドレンスキーのレッスンを受けた話

いまから20年……いや、それよりわかりやすく、ワタシが27歳だったとき。なんで憶えているかというと、そのときドレンスキーが「あなたはお幾つか」と、ダイレクトに訊いてきたから。

もう少し若いと思われたのかもしれないし、それでもワタシが「やーでも、まだ年齢制限オッケーですから、チャイコフスキーコンクールとか出てみたいんですけどー」と、重ねてアプローチすれば何かが起きたのかもしれん(笑)。が、そういうあれこれは、この記事の本題ではないのでいまんとこ保留。

セルゲイ・ドレンスキー教授。モスクワ音楽院の有名(だったなあ)ピアノ教授。あと十年早く出会っていれば、もしかするとフランスではなくロシアに留学したい!とか思ったかなあ。うーむー。あのときのレッスン内容は興味深くはあったけれど、インパクトが強いことを教えてくれた、という以外に、数か月とか数年単位でこのひとに習いたい、という惹かれ方はなかった気がする。83年のロンティボーでスタニスラフ・ブーニンという、自分とほぼ同世代のピアニストの演奏を聞いて夢中になった、という前提にフォーカスすれば、タイミング次第ということだったのかもしれないけど、あれだけ(ブーニンも含めて)自分で育て上げたという弟子たち以上に、有名になってからは優秀な才能が怒濤のようにドレンスキーのクラスや講習会に送りこまれた、という話を知るとね。

で、本題。
なんで縁もゆかりもないワタシがドレンスキーのレッスンを受けたか。
ピティナの社長から、ある日とつぜんお電話をいただいたからです。

ピティナの福田(靖子社長の時代)です、と名乗るなり、ねえあなた明日、うちでやるドレンスキー先生のレッスンを受けなさい。

ご興味ないかしら、でもない。
ドレンスキー先生ってご存じかしら、でもない。
最高のレッスンなのよ、という営業トークでさえもない。

ドレンスキーのレッスンを受けなさいな。
イッツオール!

どうしていきなりそんなお電話いただいたのかさえも、説明ナッシング!
三秒で答えていましたね。よろしくお願いします……

あとでいろいろ状況を推理しました。
巣鴨のあの事務所で、ドレンスキーのレッスンをすることになった。
レッスン受けたいという客(!)が定員不足で、コマ数がスカスカ。
担当職員さんは頑張ったんだと思う。でも、あちこち必死に声をかけても、五万円(とドレンスキーのレッスン料は当時いわれていた)払ってまで受けたいというひとがいなかったんだろうね。

社長が職員をしかりとばす。
しょうがないわね、わたしがどうにかするから、あなたはそこで見ていなさい。
受付のとなりのラックから、近々リサイタルをするという人たちのチラシをまとめて持ってきなさい。
はい、このひとの電話番号しらべて。電話するから。

そして少しまえの電話のやりとりに戻る、と。
レッスン謝礼はね、五万円よりはずっとお安かったですわ。
ただ、あそこのホールとピアノ使用料と、通訳料をカウントしたら、それなりに……五万円は超えなかったけどね。

ひとつ悔やんでいるとすれば、レッスンは英語だったのだけれど、通訳サン、わたしがレッスン受け慣れているとみるなり、ほとんど通訳してくれなかった。英語はわかんない!って3回くらい言ってお願いしたのに! 途中でわからない単語があったので「ごめんなさい、いまのは?」と声をかけたのに、ムシされた。もしかすると、ドレンスキーの英語がおかしかったから訳せなかったのかもしれない。それでもいいから、訳してほしかった。

あ、話がズレたね。
何がすごいって、女社長。
何かを紹介する、もしくは、売る。
ドスをきかせるというのかな。
余計なものは何もいらない。

まだまだだなあ、わたし。

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2017/09/14

ギアチェンジ

力加減というのが近いかもしれない。
シフトチェンジというよりは、ギアチェンジ。

生き方とか暮らしぶりとか、そういうもののドライブ……とも違うかな。
そもそも「生き方」なんて立派なもの、意識した途端にこわばって緊張してしまう小心者どすねん。

でもここ数日で、何かが変わった気がする。
何かを「すべき」とか「しなきゃ」というのが、きちんと思念の多重スクリーンに映し出されているうえで、そういうのがどうでもよくなった、というと言いすぎかな。どうでもいい、という言い方にもまだ力みがあるからさ。

ダラダラと過ごしたければそれも行動。
くるくると動きたければそれで意識が磨かれる。
人に言われてやるのも悪くない。それでエゴの風通しがよくなる。
じぶんがグチャグチャして切なくなったり哀しくなるのも、それはヒトとして経験することがたくさんある、という証し。

そのへんのコトバも、ぶっちゃけ後付けな面が強いけどさ。不思議なことに、そういう心境になったとたん、以前に気になって、そういう「足元を見られる」「じぶんでじぶんが認められない」という不条理もしくは無常なマイストーリーをこしらえてしまっては消化しきれないことを悩んだ、そういう対象とかヒトとか競争論理みたいなものが、ほんの一週間とか一か月とか、わりと短期間でぶわっとまた「またお目にかかりましたね」となったりしてさ。

おもしろい。
以前はそういう事柄や感情を「くだらない」「目に入れない」「近よらない」と、ことさらに「君子危うきに近寄らず」とか「交わりは淡い水のごとし」と呪文のようにとなえて、じぶんをすっきりと保とうとした。

それはそれで効果があった。
ありがたいとも思っている。

いまは、そういう経験や感情の反応、すべて含めて「それがあなた(=わたし)」なのであって、他の誰にも到達できないじぶんにたどりつくための道、なのだと認識するようになった。道はね、すべての道はローマに通じる、というのと重なる意味合いに置いて、だれの人生も似たような、あるいは同じ道なのかもしれない。ただ、歩いている私は、そしてその道行きは、ほかに同じものはありえない稀有なものなのだ。

で、ギアチェンジ。
ギアをシフトすると、おそらくは見えてくる風景がかわる。
体感温度(かな)が変わる。たぶんね。

引っかかりを憶えて立ち止まる他者(それだって、視野に入る対象ってことで、ぜんぶじぶん。じぶんの世界)は、ほぼ確実に「イマココにいない」とか「何かを形にして遺す」ひとたちであって、そこに引っかかるってことはつまり、私も何かの「形に拘っている」のと、矛盾する「形に拘ることを正しくないと思っている」という、そこらへんが反応しているんだね。

形にするってことは、認められたい。じぶんはエラい、他と違う、というエゴとか、価値観、ジャッジからきている。そのこだわりを消すというよりは、透明になりたいと思えば思うほど、表裏一体の「認められたい欲求」も強烈になってきて、見ないふりをしようとすればするほど、ヒトから軽く扱われたり、じぶんでじぶんが嫌いになったり、剽窃することでじぶん(って誰かはあとで考えよう)を踏みつけてくる才能が次から次に目の前に登場してくる。そのことを私は……知った、というよりは「夢で見た」かな。

覚醒。うん。
それで何が変わるというわけでもない、とも思う。
ただ、じぶんの世界観が一瞬ごとにクリアになっている。

三秒でうなずいて。手のひらを軽くあわせる。
よし、はい次。

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2017/03/05

自分の勘を鈍らせるな

これは書いておかねば、という。ごく私的なメモでもあります。わざわざブログに書いておかずとも、たぶん来週には「そんなことがあった」ということさえも忘れてしまうかもしれない。でもでもでも……とかね。

通訳仕事(レッスン通訳)がご縁で知りあったピアニスト。女性で、蓋を開けてみたら共通の知りあいがけっこういて、しかもパリのガッコに私とほぼ同じ時期に在籍していたらしく、そのうえ、すごく前向きでエネルギッシュな性格。何より、教え方が上手い。わたし自身が師事した先生方のように「超絶・教えることに命をかけているからこその伯楽」というタイプではなく、あくまで女性教授ならではの、きめこまかく、なおかつダイナミックに弟子の尻を叩ける。この路線にのっかってピアノを弾けば、まじめな学生ということで嫌われないだろうという、枠とレールの設定がキツい。

誰かが言っていたっけ。
ジェルメーヌ・ムニエの後継者って。うん、ちょっとそんな感じ。
言われた本人はイヤがるかもしれないけどね。

で、その彼女とSNSでつながっているものだから、年度末ともなれば、クラスの子らの演奏映像がよくアップされている。こっちの先入観があるのかも……と思いつつ、日本人の子たちの演奏がね。あちこちの音大でもレッスン通訳よくお呼びがかかる私の目からして、これはいったい、という。シャープさがね。決定的にどうも、というか。

いまヨーロッパに留学する子たちのレベルってこんなもん?
私らの時代よりさがった、なんてことはありえないと思う。けど、あれだけちゃんと教えられるはずの師匠についていながらそれって……うーむ。

いずれにせよ、私の目が曇っていたということもあろう。
「いまどきのピアニスト志望」の学生は、昔も今も、絶対に越えるべきラインを越えていける子はごくごく少数ってことかもしれない。そして、友人としてメッセージのやりとりもボチボチ継続しているピアノ教授な女性。とてもすてきで、起業家精神も旺盛にして、私にいろんな人を紹介して仕事をさせようという試みもパワフル!

そのやりとりが始まってすぐにこっちは息切れして、そーっと距離を置いたんだけどさ。その理由は単に「こちらサイドの怠惰ゆえ」ということであって、それ以上でもそれ以下でもない。いまだって、そこに何かをつけ加えようとは思わない。

とはいえ、あの子らの映像を見て「やっぱりねー」と。
納得したことでした。私の無意識って、ヤバそうな匂いとか、切れ味が鈍くて「馬車馬のごとく」走らされそうな気配とか、そのくせ楽しくなさそうかも……という気配を察知する力が最強ってことだ。

うん、そういうことにしよう。
以上、おしまい。

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2016/10/26

電話が苦手になったきっかけ(前エントリーの続き)

書いてみると納得する。

電話というツールが、私にとって「いまを生きていない」という状況をまねきがちのものとなった。それだけのこと。本来は私も長電話がキライじゃなかった。

けど、たまたまある時期、最初から「長電話すること」が目的で電話をしてくる友人が増えたんだよね。もしかすると、それは自分が招いた事象だったのかもしれないけれど。

いま大丈夫? と訊かれれば、ああゴメン、と言うような場面でさえも、なまじトークというか、自分の話をうんと長いことかけて話すことが得意で、しかもマニアックなお友達だと、何やら「こいつならいくらでも話を聞いてくれる」みたいな、思い込みのパワーも強烈でね。

何度か「起きてる時間はほどんど電話に繁がれている」みたいな日を重ねた。電話をキライになったのは、その反動もあったな。

つまり、電話に対しても「きちんといまを生きる」ことができるのであれば、私のこの苦手意識も消えるだろうってことだわ。ふーん。

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自分の苦手を考察する

電話が苦手になったのは、いつの頃からだろう。
携帯電話がどんどん普及してきたのにあわせて、屋外で使い慣れない機械にオタオタしながら、相手の声が聞こえないというストレス&自分がスピーカーにきちんと声を送っていない、という不安にびくつき、さらに携帯電話での用件というのがたいていは「いついつのご予定はいかがでしょう」という、よく知っている相手ならまだしも、いきなり誰それから番号をもらってかけてます、という会ったこともない相手からの、どういう仕事なのかもわからない問い合わせに答えることへのストレスに疲労した、というのが大きい。たぶん。

で、よく考えてみると、いつから日本では「いきなり知らない相手からのコール」に応えることが、社会人としてのプロトコルというか、それができないと人間失格……みたいな概念がここまで大手を振るうようになったのだろう。

むー。そんな概念、ごく一部での妄想でしかない、というのが真実であったりする。
知らない相手であったり、知ってる相手であっても、デートの誘いと同じく、こちらのタイミングがあわないなら電話に出ないことも当然の選択肢として許されるはず、なんだよなあ。

誘ってくるほうは、行動をおこしているわけで、そういう意味では受け身のこっち(この場合)よりも、パワーと道理という味方がある。それだけのこと。

電話をかける、ということは相手の時間を奪うということ。
この大原則を私は腹の底にかかえている。だから私はまず、自分へのコールがいやだという以上に、きちんとした用件(これはどうしてもその相手と話したい、という気持ちの動機であってもかまわない)でもないのに誰かに電話するのが、あるときからとっても苦手になった。

これからそこを、直したいと思えば、きっとこの「思い込み」も修正される。
いまはムリに変えようとしなくてもいい、かな。うん。

同時に、手紙についてもね。
私の中には、びっくりするくらい筆まめな自分と、筆無精で何年もご無沙汰してしまう(けど、その相手のことはめちゃくちゃ大切に思っている)自分と、複数の人間がいるんだね。

ふと思ったのが、筆無精であろうがなかろうが、私が私として「きちんといまを生きる」ことを積み重ねていさえすれば、あとのことはどうにかなる、ってこと。

言い訳を長々連ねたような気もするけど。
頑張っている私、とか、誠実な私、とか、あたまに形容詞をつけないといけない自分はどうせ本物じゃないってこと。うん、そんなこんなで本日のツレヅレを終わります。

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2016/08/14

あなたは誰ですか

すでに何回か、自戒およびグチめいたニュアンスをこめて、この「あなたはナニモノですか」というつぶやきをこのブログでも文字にしたことがあったかと思う。

日本語のニュアンスでいくと「エキセントリック」という言葉がしっくりくる。
上昇志向の強い男性でも見かけるけれど、とくに女性のほうがね。自分と同性であると、なおさら気に障るというか、なんなんだろう、このひとは……という場面を目にしてしまうことが多い。

誰かにすり寄っていくことで、何かを手に入れようという「野心」がムキダシの人ね。たとえば下手の横好き!と呼びたくなるような演奏(演奏でなくても)を、友人をだまくらかしての集客で無理やり聞かせる。シロウト丸出しの同人誌をつくって、実費と称して一冊いくらで売りつけるとか、何かの集会のついでに自分のダンスとか自作詩や童話の朗読とかを披露する、というのも範疇にいれたい。

イケバナの名手らが「これでお金を稼ぐということは許されない」と、トップクラスになればなるほど口にするのと、まさに逆。なんの根拠もなく、自信たっぷりに一流アーティストに馴れ馴れしく「同業者」よろしく話しかける。恥ずかしいシロウトの典型。

これが、セミプロを名乗るレベルになると、もっと見苦しい「有名人とみると我先に話しかけてくる」というケースも増えてくる。舞台を終えたばかりのアーティストに話しかけたことがあるというだけで、知りあいだとか親しいとか言いはじめる。

ああ、私も一歩まちがえるとそういう人種と同じになりそうだから、それでこんなにセンシティブに反応するってことなのかもね。今回、フランスでお名刺をいただいたかたで、私とパリの学校で同級生だった人ととても親しいというピアニストの知りあいがいる、と言われて往生した。どこでどう話が「盛られた」のかはわからぬが、あの学校は卒業どころか、入学さえもしていないのに「一等賞で卒業」とか「同学年の誰それとは親友」というような経歴詐称がとっても多いのだ。とはいえ、初対面の、それもご当人でもなく、なんの悪気もない(!)かたに向かって、ウソだの詐欺だのあげつらっても誰にも何の得もない。

本物のプロしか相手にしない、なんて言っていたら、しまいには音楽の世界で仕事なんてできなくなる。かもしれないしさ。

で、同じことが、音楽のみならず、他のどの世界でもよくあるんだよね。
気にしないで、そして嫌われてナンボ、という気持ちで自分の「いま」をコツコツと積み重ねていく。それあるのみ。

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2016/07/28

コミュニケーションって何だろう

もしかすると、私たちはこの「コミュニケーション」に対して過大評価というか、思い込みや幻想を抱いている面が強いのではないかしら。

よく似ているのが、音楽演奏の世界で言われる「テクニック信仰」ね。若いピアニスト(学生)が、若き巨匠に訴える定番が「テクニックに自信がない」というもの。

いままで耳にしていちばん上手い!と思った回答例が、若かりし日のグルダがアルゼンチンでのマスタークラスで言ったというコトバかな。どうすればよいでしょう、という質問に対して「きみは自分のピアノが好き?」と、質問で返した。仮にもプロになりたい、プロになれるだろうと目されている才能の持ち主であれば、その質問に対して否定形を返すことはほぼありえない。あ、日本人だったらあるかもね。ま、それはともかく。

好きですと答えた若者に、グルダは「ならばきみは良いテクニックの持ち主なんだよ」と。

けだし、それ以外にどう答えろというのか、というくらい的確なオコトバ。つまり、万人に有効なメソッド(技術)なんて存在しないということでもある。

ありがたいことに、毎朝、目を覚ますごとに「私は何も知らない」「ひとと簡単に打ち解ける技術なんてありえない」と、ニュートラルだというだけではなく、どちらかというと否定的なコトバが浮かんでくることが多い。現在の私的な流れとして「何かを学んで一丁上がり」みたいな価値観に少々おつかれ気味のワタシにとって、毎日がリセットでゼロからのスタート。という波に乗る生活は、かえって嬉しい。人生なんてそんなもの。

というか、世にラーニングメソッドと謳うものは数あれど、やってみて上手く行くのは、メソッドが偉いんじゃなく、素直に受けいれて自分の血肉とする人間のほうなんだよなあ。

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2016/07/27

SNSは特殊な場である、という思い込み

SNSなどで、オノレのささやかな日常を晒すことにちょいと疲れて、FBは現在なんとなくお休み中。エンジンをさらに空ぶかしすべきか、それとも完全自粛モードをぶっちぎって辞めてしまおうか、と極端なことを考えないでもない。なんだかちょっと不安定な心境で、それは別にイヤな感じでもありません。ひとつの通過点なのかな、とも。

いろんなエネルギーを上手に使っているひとと出会うことも増えていて、そういう人たちって、どちらかというと「世に出ない」で自分と自分のまわりの世界を鍛えあげ、スッキリ居心地良くさせていくセンスに恵まれている。物事をダイナミックに循環させている、というのかな。

最初の頃、そういうひとを見るたびに、いままでの私にはない発想……という感じだったので、へえ!と。一瞬、目を奪われもしました。けど、それはある意味、新鮮な懐かしさ、とでもいうのかな。子供の頃の自分は、そういう生き方を知っていたっけな、とも。親や環境、そして自分自身の「刷り込み」によって奪われた、パワフルだった時代の自分と再会した、みたいな感じ。

私もそれ、できるよ、うん。って(笑)。

だからブログに戻ってきた、ということでもありませんが、久しぶりに過去ログを読みふけってみて、悪くないじゃん。つか、面白く読めちゃった。

だから、また書こうと決めました。
ブログを刷新する、という計画も並行して進めていますが、無理にいますぐこのブログを辞めちゃうこともないなあ。当面の自分課題は「書きたいときに書きたいことを書く」かな。言葉を変えれば、書くごとに自分らしさを見つめる。私の場合はね、この「自分らしさ」がグニャグニャしていて、つかみ所があるような、ないような。裏を返すと、良くも悪くも筋金入りってことですねん。

いまさら自分探しなんてしたくもないがな。
とりあえず、明日にでもメモしておきたいことがあるので、予告編というか。備忘ってことで軽くアナウンスしておきます。自分用だ。

それは、言葉を使う仕事をしている私について。
いきなり、この週末から十日ほど、仕事でフランスに行くことになりました。で、日本に居っぱなしで翻訳とか通訳とかやっている自分って、いつのまにか、めっちゃエゴがガチッと育っておりましてね。そこんとこ、10年ぶり以上の渡仏でどうほぐれるか。

というような、いままでの流れをブログ記事で俯瞰してみようかな。
続きはまた明日。

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2016/05/25

視点を複数持つということ

ピアニストだったときの私は、かけだしのまま右も左もわからず、それでもひたすら走らなければならない。そんな自分を持てあます日々だった。

翻訳者としての扉が目の前で開いたとき、それまでの「四十年間は下積み」を覚悟して修行に励んでいた音楽の世界にくらべると、なんと楽ちん……というとコトバが悪いね。成果が目に見えやすい世界であることに欣喜雀躍となりました。が、そのへん、私の「芸風」と追い風乗りまくり!の気分が妙にちぐはぐして、よくも悪くも「出る杭」という扱いをしてもらったかなあ。

少しキャリアが安定したかというあたりで、思いもよらぬ挫折というか、風当たりの強さにふと気づき、気づかなければそのまま波に乗ってしまったのだろうけれど、やはりワタシ自身もどこかで「これでいいのか、本当に」という、そういう意識があったのかもしれない。うっかり地雷を踏んだり、つまづいてスッ転ぶことが続いた。

ここで獲得したレッスンは、ひたすら七転び八起き、ですかね。

いろいろあったけれど、分析してみる気分にはまだなれないので、そのへんはあとに回すとして、いまの心境は、あらためて自分が楽しいことを摸索してみたい。

たとえば、通訳仕事を始めてすぐの頃は、やりたいことよりも、やりたくないことのほうがたくさん見えた。知らない人といきなり流暢なコミュニケーションを取ることを求められても、そういう「上っ面」とか「殺陣(たちまわり)の自己満足」みたいな芸を自分の持ち技にしたくなかったしね。ピアニストの卵だったころに刷りこまれた「清濁あわせのむ、をヨシとしない」信念は、思った以上に自分の根っこのさらに根っこに根を張っていて、だから、自分からあえて泥水を飲もうとする人種が半径5メートル以内に入ってくるだけで、吐き気がするほど苦しくなった。

アメリカのセレブ気質……というカテゴライズの精神構造なひとたちと、接点を持たないこと。それは間違っていなかった、という気がする。あらっぽくまとめるなら、どういう人が目の前にいるにせよ、睡眠時間を削って奉仕するorされることを当たり前と思う人種とは、かかわりあわない。そういう世界観で自分は生きる。

ま、たまに口をきくくらいは、よい刺激をいただけるからOK。でも、そういう人たちは「永遠にトップクラスを目指しているひとたち」であって、満足することは決して自分自身の生き方に満足することはない。一緒にいるだけで、苦しくなることは必至だね。

いろんな視点が共存する。そういう世界にいられることは、いま思うと、大変に幸せなことなんだよね。

意地悪だったり、気難しかったり、逆にとても気さくで優しかったり、そういう第一線の人たちとふれあえる。同時に、避けては通れぬ「オトリマキたち」とも上手につきあうこと。シャープで柔らかい心もどこかに維持しつつ、フラットでオープンマインドな自分であろう。自分でも一緒にいて「この人なら、らくちん」と思えるような、そういうひとになろう。

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