2017/06/01

ヴィオラスペース

二晩つづけて行ってきました。
場所は上野の石橋メモリアルホール。
久々というか、もしかすると自分がピアノを弾いていた頃にどなたか(金田真理子さんがホルンと共演した演奏会、というイメージが)に会いたくて足を運んだ記憶がポッと出ました。もしかするとめちゃくちゃ昔?

めったに行かない場所なので、地図を見ながらゆっくりと上野駅から徒歩。
下町ふうのバーとか居酒屋、中華料理屋さんとか、民家の玄関先を眺めながら、このへんの空気わりと好きかも……と、散歩気分でおりまして。
この建物かなあ、と思ったところで確信がなく、そのまま横断歩道を渡ってもう少しさきまで行ってみようかと歩きだしたところで、ちょうど可愛らしいパピヨンを散歩させていたご婦人が「石橋メモリアルホールに行かれるんですか」とお声をかけてくれました。はい!

「ここですよ。入口わかりにくくて大変よね」と、後ろの建物を指差してくれた。あはは。こういうふうに、誰かに声をかけてもらったとか、変なお店が面白そうだったとか、そういう「場所の力」というのかな。すでに演奏会は始まっている。私も、テキトーな恪好で歩いていたはずですが、それでも石橋メモリアルでのイベントにいくひと、というハマり方ができていたのかな。


P6018473初めてのおまつり。どういう雰囲気なんだろうって。いざ蓋を開けてみたら、知りあいの顔もちらほら。ってか、タメスティの舞台挨拶の通訳さんは、何度かご一緒したことのある大島路子さんだったし。とはいえ、最初は、こっちがバルコニーの最前列というお席を手配してもらっていたので、大島さんだって気づかなかったわ。このところ、英語のプロ通訳というと、もう超絶技巧のリズム感で、麗しいながらもテキパキと言葉をたたみかける神さまレベルの先輩の姿しか見ることもなく、だから大島さんのまったりと「マシンガントークの話者のことばにこだわらず、必要なところだけつまんで、お歳を召した観客にもわかるようなレベルに落とし込む」通訳がかえって新鮮でした。それとは関係なく、タメスティが演目について説明した最後に「あ、今日は奏者の衣装もトリコロールカラーにしました」と付け足したコメントのインパクトが強すぎたってのも笑った。

で、曲目。最初のマラン・マレの主題によるガース・ノックスの曲、おもしろかった。とくにマレ好きなら堪えられない美味しさ。ただ、演奏会冒頭においてあると、聞き手というよりは弾き手のほうが「空気をあっためる」感じになっていたかな。ヴュータンのエレジーは、曲そのものというより、ピアニストを見ているのか見ていないのか微妙な感じで、それでも確信に満ちた構築で聴かせるタメスティの鉄柱めいた佇まいが印象的でした。

ストラヴィンスキーは渋めというか。
レフラーは、波多野睦美さんがともかく圧巻。表現が圧倒的だというだけではなく、舞台での立ち位置の決め方とか。響きの捉え方とぶつけ方とかがね、ひときわ冴えていました。石橋メモリアルって、良いホールなのはまちがいないけれど、音の伝わり方(インパクト)がキツすぎる面もあってね。とくに低音。弦や管楽器だと、イヤでも皆さん、本能的に調和を意識しながら音を放つけれど、ピアノみたいな楽器だとね。あれ、けっこう難しいホールだと思った。ふといま思い出したのが、某オケを振ったフランス人が、拙い英語でのリハで「ここのヴァイオリンの音がまるでコンクリートの壁のようにならないようにしてね」と言ったらコンマスを怒らせちゃって……という事件。コンクリートの壁になっちゃう奏者に向かって「コンクリートにならないようにしてね」と言ってもしょうがない、というかね。それよりは、ちょっと様子をみて、ダメなようなら壁打ちの壁にしてしまえ、というか。あのホールでのピアノは、少しスカスカになるくらいに音を抜かないと、すぐにコンクリートになってしまいそうで、でもそこのあたり、ソリストたちの対応もそれぞれ、というか。波多野さんはともかくみごとだったなあ。

フランクは今井信子さんがさすがの音づくりでいらっしゃいました。ピアノもあの一楽章はステキでした。
武満徹がそこで出てくると、ああ日本人だな、と。ムリせず「ただ弾くだけ」でさまになる。エネスクも、民族調がその流れでわりあいとのれる。ある程度の「型」があって、しかもそれが普遍的。最後のシュターミッツは、赤いドレスのソリストが、全身を音楽にしての表現、たのしかったね。

ヴィオラスペースのイベントページ

曲目、2日分を手打ちでいれようと思ったけれど、サボってページのリンクだけ。
2日目は、フィリップ・エルサンの曲とアキロン・カルテットを聴きたくて行ってきました。
全体についてあれこれ思ったことは、別エントリーでまた書こうと思います。

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2016/08/15

レストランでの出来事(昔話)

私がフランスで学生生活を送っていた頃のこと。
正確に言うと、留学時代のわりあいと最後のほうだったかと思います。

出来事その1。
そろそろ帰国を考えるようになった時期のこと、グルメな友人に誘われて、星付きレストランのランチを予約して出かけてきました。日本でも名の知られたロブションの系統の店で、あの伝説的なじゃがいものピュレというか、マッシュしただけのじゃがいもがどうしてこんなに美味いの! と思った記憶はいまでも鮮明。

たまたま、すぐとなりの席に日本人のグループがいらしていた。
観光旅行だったのかはさだかではありません。官僚とか大企業勤務かはたまたよいお家柄の大学教授か、というオーラを放った1、2名がもう少し旅慣れた、たどたどしいながらもなめらかなフランス語と英語のちゃんぽんで「ガイド」というか、ツアコンの役目を買って出たお仲間に連れられて、奥さま連れで有名レストランにやってきた、という風情。

私らが言葉に不自由していないのを見て取ると、上手に不慣れな様子をアピールしつつ、お店の給仕さんとのやりとりの助っ人をこちらがせざるを得ないようにともっていきました。や、スマートなやり口だったので、こちらも苦笑しながらも「たまたま同国のひとと一緒になったご縁なので」と、給仕さんと楽しくおしゃべりしていた、と記憶。

最後のところで、その方たちが「せっかくなのだから記念に」と、お店のメニューを人数分、持ち帰りたいとご所望しました。で、なぜそれを私が通訳しなくてはいけないのか、と、ちょこっと思いながらも、このとおりの「イヤとは言えない性格」なもので、給仕さんにやんわりとお願いしてみたわけです。

すると、すでにかなり仲良くオシャベリしてくれるようになった給仕さん、さすがのプロだと、いま思うのですが、こう答えてきました。

「あなたはとても素敵なお客様で、こちらもお話しすることができて今日は楽しかった。だから、あなたお一人に、こっそりとメニューをひとつ、お譲りすることはこちらとしても喜んでぜひ、なのだが、となりのテーブルのかたたちは、正直なところ、私にとって対応していて楽しいことが何もなかった。だから、あなたがどうしてもと言うなら、人数分のメニューをご用意します。でも、いつでもこういうお願いごとに応じると、彼らに思われたくはありません」

なるほど。
では一部だけ、あのかたたちに差しあげてくださいな。

そうお願いしたような気がする。

そして二つめの記憶。
たまたま日本で、某演奏家のファンである、という共通点がきっかけで知りあったひとが、新婚旅行でパリにやってきて、トゥールダルジャン(!)でのお昼にご招待してくれた。

ありがたや!
と思いまして、図々しくも出かけてきたわけです。
もちろん、その前後のパリ観光のガイドも喜んで勤めさせてもらったっけな。おお、いま思えば、私は「そういうのってイヤ」と言いつつ、それなりにパリのご縁でのツアコンみたいなこと、学生時代からけっこうやっていたではないか。

そして事件は起こった。
いや、表向き何かがあったというわけではないのよ。

こちらの新婚夫妻、気っ風はいいのだけれど、変なところで公共意識に乏しかったというか。前述の「メニューを欲しがったグループ客」よりも、タチの悪いことをやってくれました。

記念にと、トゥールダルジャンの(カトラリーとかでなくてまだマシだったというべき?)灰皿を、こっそりハンドバッグに忍ばせて持ち帰ってしまったのです。悪びれることなく「それくらいのお値段の食事を食べた客だもの、こっちは」と、そうも言っていたっけな。

バブルの時代の話です。
いまのお隣の国の富裕層のひとたちが、もしかするとよく似たことを各地で繰り返しているのかもしれません。

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なんでこんなことを書くかというと、いまになってまた、通訳仕事をたくさん引き受けるようになると、レベルの差こそあれ、こういうふうに「もらえるものはなんでももらう」という、そういうおかたを見かける機会も増えるんだよね。

で、そういうことをヌケヌケとやらかす人たちは、品は悪くとも、仕事がデキたり、お金を持っている(スポンサーになる)ことも、皆無ではない。つまり、私の立ち位置だったら、どういうふうにこういう人たちをスルーするのがよいのだろうか、と。

悩んでいる、というと大げさね。
世の中にはオモシロイ人がいくらでもおるなあ、って。

ちゃんちゃん。

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2015/06/12

通訳おしごと

6月14日のマスタークラス

自分用の記録をかねて、お知らせまで。

以下、思いつくまま。
前回にルヴィエと会ったとき、いままで某財団や某……ま、このへんは差し障りありすぎるのでボカしますが、どこも最初のツテをつけるべく、最初にルヴィエの招聘を「本気で継続的に手がけてくれようとした某社つながり」に頼ってきて、問い合わせを受けたほうは気さくに「将来のさまざまな可能性につながるのだから」と情報を惜しみなく共有し、ルヴィエの来日時期の調整にも応じてくれた。なのに、いったん招聘企画がかたまると、「よろしく」と最初は下手に出てアプローチしてきた方は、今度は自分たちが主体となって呼ぶのだからと、わけのわからない既得権を盾にして、情報を外に出すことをイヤがり、ルヴィエにかぎらず、招聘教授がよそで仕事をすることも許さないという姑息な態度に出ることが続いたそうです。「ここだけだったよ、すべてに対してウェルカムと、かかわった人たちが自由に動けるようにアレンジしようという理念を感じさせてくれたのは」と、ルヴィエの言葉。

私もね。フリーランスの立場であちこちに出入りして、どこでも基本的には楽しく仕事をさせていただいたけれど、ビジネス(大学でさえも!)の看板を掲げているところは、いざというときに「手柄はすべて社内で」「収益や広報にかかわるかどうか以前に、情報は外に出さない」「三方よし? ありえない」というところがほとんど。呼ばれる側は、契約・雇用の条件が悪いときほど「今回はこれで我慢するが、これはあくまで次につなげるための営業活動である」という意識があるのだけれど、そこのところは見て見ぬふり。演奏家ならともかく、レッスンやマスタークラスのアレンジでそれってどうよ。そんなんだから日本の音楽業界は閉塞感ばかりが募っていく。

そういうことを大っぴらに言わないまでも、顔色にはにじんでしまう未熟者でした。あたくし。で、そこのところを「暗黙の了解」とか「通訳の守秘義務」ってことで、ロボットみたいにひたすら言われたことだけやれ!でないと……というハラスメントも横行していてね。20年やって、ほとほとイヤケがさしました。

ま、いいけどね。

追記・昨夜、久しぶりにドラマの「ライ・トゥー・ミー」の第1シーズンのあたまのほうのエピソードを幾つか観ていて、戦地に派兵された小団でのレイプを扱った話があった。上官にレイプされつづけて、レイプしたほうは「継続的な関係だった」「一緒に撮った恋人同士ならではの写真もある」と主張。ところが、被害者のほうは「言いなりにならなければ危険な当番制の任務にまわされる」という恐怖から応じていて、拒否することもできずにいて、しまいにはミッションから離脱。最後の最後で「恋人関係だったからこそ、危険な任務はやらせなかった」という言質を加害者からとったところで、それはやはり軍隊特有のハラスメント、つまりレイプであったという結末。そこまではいかずとも、似たような「言うことを聞かないと次に仕事をまわさない」という程度のハラスメントは、フリーランスであれば身に染みて経験しまっせ。ハラスメントなのか、そうでないのかの線引きがむずかしいけどね。ここでも思うのが、日本ではやっぱり「能力以上に、コミュニケーション能力が重視される」ということ。このコミュニケーションというのがクセモノ。そのへん、考えすぎるとウツになって仕事やめたくなるだけならともかく、マジで死にたくなるから、あんまり考えないほうがいい、と思います、最近。

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2015/05/28

チリー・ゴンザレス

オリヴィエ・ベラミのラジオ番組。「パッション・クラシック」の5月26日放送分。→★ここです。

ジョアン・スファールの「ゲンズブールと女たち」で、ピアノを弾いてるゲンズブールの演奏(手じゃなく音だけだそうですが)吹き替えをやっていたんだっけ。なんとなく試聴中>チリー・ゴンザレス。ケベコワだからフランス語。自分のなかでのヨーロッパとアメリカ、クラシックとポップスの葛藤、クラシックにおいて「記念碑的な作品を書かなかったからその名が不当なほど評価されていない」アルカンやブルクミュラーといった作曲家たちへの思い入れを語り、そういった作曲家を凡庸と言いながら、セリーからアカデミズムへ行った「普通の作曲家」については凡庸よりもなお悪い、と切り捨てている。そこらへんの話っぷり、いつも言い慣れてるといった風情。

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2015/05/11

ゴールデンウィークのまとめ

ここ数年、ゴールデンウィークの風物詩となった有楽町や関連都市でのイベントの裏方仕事をするのが恒例になっている。地方での通訳仕事の依頼が今年はゼロ。予算の都合か、アウトソースでフリーランスの通訳を呼ぶ際、他のひとにさきに声をかけてこっちまで順番がこなかったということか。毎年の仕事が来なくなると「切られたのか」と、すごく不安な気持ちになって、まあそれは別に、仕事がなくなることへの不安というよりは、発注してくれている担当者がこっちのことを思いやってくれる余裕がなくなったことへのさみしさからくるネガティブな心境なんだけどね。そのへん、自分で自分の気持ちの整理をスピーディーにタイミング良くやっておかないと、変なトラウマとか、自分のなかでの澱みになって、何年も尾を引くことにもなりかねない。それに、新しい仕事をどんどんまわしていくことが大切だものね。

そこらへん、忘れないようにメモしておこうと思ったわけです。

で、マスタークラスの通訳は、今後の自分のライフワークであると同時に、生き方や仕事の羅針盤としての役割も大きいので、イヤな思いをしようが、自分のなかでの抵抗感があろうが、しばらくは守っていくべき生命線だと決めました。あとの仕事は「余禄」だね。そして、この生命線はしばらく大切にして、徐々に在宅仕事にスイッチしていく。いや、「徐々に」なんて甘いことも言ってられない。人生は短し!!

いちおう、今年ご縁のあったレッスン。
2015年LFJ東京でのスケジュール
ピアノばかりの通訳だったのが少しだけ残念。エルバシャとシャルリエ(→デュメイに変更になったとか。演奏会おそらくベートーヴェンの協奏曲を本来はデュメイが弾くはずだったのがキャンセルとなり、かわりに2人が入れ代わったようです)のお二人の通訳も楽しみだったのだけれど、その時間はキオスクでシャニのワークショップ通訳にまわりました。他に今年のこのお祭りの印象もどこかにメモしておきたいのだけれど、まあそれはまたそのうち。何せ、演奏会をイッコも聞かずに終わった2015でしたしね。そりゃまあいいんだけど、クラシックのイベント・演奏会って、誰のためのものなんだろうと自問して、少しさみしい気持ちになったことだけは書き記しておこう。

ケフェレックは、年を追うごとに「知的なトーク」の力加減がほどよくなり、抑え気味にするぶん、関係者への御礼を必ず忘れないようにしていらっしゃるのが印象的でした。ルゲは、何せ私はルヴィエのクラスで彼女がおさげでワンピース着たローティーンだった頃から知ってるからさ。人間の性格とか本質、あるいは知性とか。あの頃からかわいいひとだったが、いずれにせよ人って変わらないなあ、と。デゼールは忙しいなかでどれだけ誠実に音楽と聴衆、そして自分自身に向きあっていくかというスタイルがクリア。忙しさのバロメーターって、誰がどうやって決めるんだろう……というようなことも、ふと考えさせられた。同時に、フランスだけではなく、ロシアで学ぶとああいう教え方になるのか、とも。アプローチがフレンチスクールというよりは、あきらかにロシアンですね。亡くなったブリジット・エンゲラーに比べると、彼女らしい硬質な繊細さがきわだっているのが「独自スタイル」というか「人間性」というか。クレールは、昔から、レッスンするのは好きだけど人前でしゃべったりマスタークラスイベントは苦手だと言っていて、もちろんあの人たちは一流のプロですから「苦手」というのは、あくまで自分の心のバリアのことであり、苦手意識を持っているにせよ、仕事は一流。ただ、たくさんのタスクに追われたり、忙殺されるときほど、苦手意識がストレスとなって自分をボロボロにしかねないわけで、じゃあ、やってる仕事はまったく異なるジャンルだけど、同じような「マイペース」を大事にする1人の人間として、自分はどうやってこれからの人生に向きあっていくのがいいのかな、とも。レッスンの通訳をたくさん積み重ねていくと、いろんな人に共感して、そのことで自分の行くべき道がクリアに見えてくることも……この年齢になってみて、そういうことが前よりも増えてきたね。

そして今年は3日間、続けてレッスン通訳させてもらったシュトロッセ。私にとって、シュトロッセは「彼が師事した名師匠たちの音楽性の上澄み」を上手に自分のなかで熟成させている@現在進行形の人。演奏については、まだあんまり手放しで共感!というタイプではないけれど。でも、これからが楽しみ、なんて言うと傲慢かね。で、こう書きながら、日本語で書くと傲慢に見えちゃうんだよね、とも。そこのあたりも、言葉を使う仕事人として、今後の課題。

コルボとペヌティエは、レッスンではなくトークの1時間。あれは別の枠の中でやってほしかった気もするけれど、あのサイズの会場で、通訳も他の誰でもない、私(笑)を押さえておくには……というコーディネイトする側の意図が働いたのでしょう(と都合良く解釈)。そのへん、あのイベントの担当者さんは凄腕ですから。それはそれでありがたいことです。

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2015/04/11

ぶらあぼの記事

波多野睦美さんのバルバラ公演@王子ホール。
紹介記事をピックアップ。

波多野睦美、バルバラを歌う

ありがとうございます。

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2015/01/10

原点

謹賀新年。

さて、久しぶりにココログで何か書いてみようと思いました。タイトルを「原点」として、そうなると自動的に「原点に還る」としたくなった。ま、考えてみれば、還るもナニも。私はいつだってそこにいた。いまだって立ち位置そのものはたいして変わっていない。何か変化があるとすれば、それは私自身の意識の持ち方だけ。

ふと気づいたんですよ。
自分にとっての「意識をクリアにするためのきっかけ」「分岐点」となった出会い。イベントというのか。いつの間にか10年の刻みを通過していたなあって。

これです。2004年11月28日。ジャン=ギアン・ケラス公開マスタークラス

この直前だったかに、私はピアノ弾くのを完全にリタイアして、そのまえから通訳仕事も「音楽系」はいったんほぼシャットアウトして、演奏会にも行かず、音楽を聴くこともやめた。文芸翻訳一本だけでやっていこうと決めた。だから、ありがたくも通訳仕事のご依頼があっても、引き受けなかった。例外が浜松ピアノアカデミーを始めとする自分の師匠ずの通訳。この関連で、敬愛するミシェル・ベロフさんと出会えた。それはまあいまは別の話。

ケラスの通訳を引き受ける前に、パリ時代の仲間である多美さんからの紹介ということで、感じのいい女性の声で通訳をお願いしたいという電話が何度かあってですね。最初も二回目も、そして三回目も、フレンチスピーキングのアーティストだったけど、ケラスじゃなかった。ふつう、こんなふうにおことわり続ければ、たいていの依頼主は「こんなアテにならない通訳、もう二度と連絡しない」と見切りをつける。実際、そういう事務所はたくさんあったのよ。ところが、その女性は懲りずに何度も「ではまたの機会にはぜひ」と電話をかけてくる。

しまいには根負け……というか、面白くなったのね。そこまで私を見こんでくださるなんて、なんて物好きなひとなんだろうって。で、引き受けた仕事がこの公開レッスンの通訳だったわけ。

レッスンがまた、楽しくってね。いまでは「優れた奏者はそれがあたりまえ」と思えるくらい、すてきなひとの通訳をたくさんやらせてもらったから「当然じゃ~ん」と笑っちゃいそうだけど。ともかくケラスも、こちらの反応や生徒さんの反応を見て、どんどんとレッスンの表現や内容を進化させる。そのリアルタイムの「流れの作り方」のみごとなことときたら! 音楽家って「ただ楽器を弾くのが上手い人たち」と思われがちだけど、要は舞台で「何を」「どう」伝えるかをそれまでの人生すべてを賭けて磨き抜いてきた生え抜きのアーティストのことだから。

レッスン終わるなり、ケラスが大興奮でまっさきにマネジャーさん(私に電話してきた物数奇なかた)に向かって、彼女(と私を指して)の日本語がいわゆる通訳として厳密な意味でどこまで自分の言葉と一致しているか、そんなことはどうでもいい、このひとにこれからはすべて自分の通訳をまかせたい。自分のクラスでレッスンしているときでさえ、こんなふうにダイナミックに「言いたいこと」が生徒に伝わっているという手ごたえはめったにない、と。

そこまで言ってもらったら、イヤも何も……もともとレッスン聴講するのは三度の飯より好きだった私。通訳するって、協奏曲のソリストやるのと同じか、それ以上の「特等席」をもらえるってことだ。

それが私の音楽通訳の事始めだった。ちょうど10年。ひとつの区切り。

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2011/02/06

アダム・ラルーム

いや、メインはラルームじゃなく、ベレゾフスキーなのだそうだが(プログラムのトップに名前がのっている)。ともかく、これは一人で楽しむのはもったいないということで、URLを貼りつけ。→

アダム・ラルーム:2つのラプソディ作品79(ブラームス)
フロラン・ボファール:3つの小品作品11(シェーンベルク)
ミシェル・ダルベルト:ソナタ作品1(ベルク)
ボリス・ベレゾフスキー:組曲「1922」作品26(ヒンデミット)

ラルームは去年の有楽町でけっこう追っかけて聴かせてもらった。いまどきの若手だったらこう弾くのがいちばん効率的だという頭のいい演奏が好感度高し。音楽の構築がきっちりと美しいのはベロフゆずりかな。ただまあ、ブラームスのこのラプソディって、ふつうに才能のあるピアニストがふつうに弾けば、それだけでまずハズレはない曲だからね。それよりは、この四人を並べて聴くってのがひじょうにスリリング。これはナマで聴きたかったね。

あ、ちなみにこそっと別のところに貼ったモディリアーニ弦楽四重奏団のライブ音源は、興味がおありの向きにはぜひ。いちおう会う人ごとに、モディリアーニとタメスティとルミューとソヒエフがいまいちばん興味があっておっかけてる奏者だと口走ってはおりますがね(笑)。もちろん、他にも通訳する機会があったいろんな人たちはほぼ全員、応援しちゃいるけど(最近だとケラスとスピノジ!)、それはそれ。

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2010/10/24

メモ1024

よれよれしているので、メモの内容はあまり意味をなしていない気もしますが。ま、基本的にここにメモっていることは、なべて「自分用」だもんね。テキトーに読み流してくださいまし。

あまり最新ニュースとはいえないかも、ですが、話を聞いた時点では「へえ?」くらいに流してしまって、そのまましばらく忘れていたのでした。パリ音楽院の新学長(ようやく!)は弱冠37歳……と、つい言いたくなるのは、やはり長い長いガロワ=モンブラン時代を経験しているせいも大きいでしょうね。ブルーノ・マントヴァーニで決まったそうです。作品、この夏もあれこれラジオで聴いたばかりだわ。ふむ。あの学校の関係者は、スキャンダルで停職となってしまった前学長のことを「ようやく音楽のこともよくわかって、なおかつ有能でやる気のあるヤツが来てくれたのに」と口をそろえて嘆いていましたが、新学長についてはどうなんでしょ。いずれにせよ、これで滞っていたもろもろが、また動きだすことでしょう。

ちなみに、一年間「学長代行」を務めたアンヌ・クータツは、ハルモニア・ムンディ・フランスとはなんの関係もない人です。名前があの会社の経営者一族と同じなのは、単なる偶然(だと思う)。

●メモのついで。
夜、帰宅して毎日新聞のサイトを見たら、音コンの結果が出てましたね。や、おめでとうございます。あとで聴きに行ったかたたちにも感想を聞いてみようっと。←皆さん、さぞかし盛りあがったことでありましょう。

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2010/09/28

FMメモ

フランスミュジクで聴いた演奏会収録の音メモ。
……お目汚しですみません、自分用のメモです。どうせ「かきすて」とか思っていても、こうして「いちおうキチンと」しばらくは目に触れるところにメモしておくほうが、やはりあとあと「み(この場合の字は?)」になるものですから。

ケラスがスイス・ロマンドと弾いてるエルガー協奏曲→
2009年6月24日ジュネーヴ(ヴィクトリアホール)での演奏会。
エルガー:チェロ協奏曲ホ短調作品85
(アンコールはクルターク。たぶんジェラール・ド・ネルヴァルともう一曲・要確認)
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
スイスロマンド管弦楽団/ミハエル・シェンヴァント指揮
エルガーのコンチェルト、流行っているんですかね。最近よく聴く気がします。が、エルガーはいまのケラスにピッタリ。あのコスモポリタンな感覚が、イギリスふうにうまく填まっているのか。以前、ケラスがギタリストの村治さんのラジオ番組にゲストとして登場したときにくっついていって、村治さんがしきりとケラスの「佇まいが」と連発なさっているのをどう訳すかで往生(まあ、そのときに思いついて適当に訳した言葉がいま考えてもベストなんだが)しました。日本語で「たたずまい」と言うと、そこにはまちがいなく(あのときの村治さんもつけ加えていた)わびさびというか、精神性&動きのある「時間を切り抜いてきたもの」という二つのニュアンスがミックスされたものとなる。音楽というよりは、有機的とさえいえそうな吸引力を放つ静物画、というか。ただじっとそこにいるだけで、独特の渋めの色彩と手触りが「見えてくる」。うーん、これ(ケラスの演奏)は、言葉を探すのが野暮だと思いつつ、しっくりくる語彙をあれこれ探してみたくなるたぐいの音楽ね。しかも、このエルガー、ケラスにピッタリだという冒頭の印象と裏腹に、ときどき上昇する音型で、うっかりすると「ふわりと舞いあがって」しまうのが、絵のたたずまいとしては邪魔だったりして(笑)。バッハなどでも、やや歌いすぎるというのが「自分によく言われる批判の言葉」だと、ご本人(ケラス)も笑っていたくらいだから。
悲愴のバランスも重すぎず、きびきびとしつつも、情感の澱の加減というか、メロディの切り取り方が絶妙。

ナディア・ブーランジェの曲が目当て→
2009年11月6日サル・プレイエルでの演奏会
バーンスタイン:オーケストラのための協奏曲
ナディア・ブーランジェ:ピアノとオーケストラのための幻想曲
ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー
どの曲もおもしろかった……と思う。ここでのバーンスタインは、そりゃもうびっくりするくらい「てんこ盛り」の曲を書いている。ああ、書きながらわたしの記憶を刺激している何かがあってですね。半分くらいしか思い出せなくて気持ち悪い(涙)。楽曲分析をする人のコメントで、あちこちで聞いたアネクドートが頭のなかでうまく一つのパズルの完成品になってくれないというか。確かなのは、ブーランジェ女史いわく「自分がどうしても分析できない唯一の作曲家、それはシューベルト」と言っていたというのを、直接彼女の口から聞いたという某氏のコメント。あと、同じことを別の作曲家がらみでここ半年くらいで複数の人に言われたと思うんだけど……うーん、誰だったかな。

ジョルジュ・サンド三重奏団って→
若手ピアノトリオ。命名の理由は女性3人だからだそうな。曲目はジェラール・ペソンの三重奏曲の初演と、シューマンの三重奏曲。ペソンはフランス・ミュジクで番組も持っている作曲家。
たまたま、別の番組でクラリネット奏者ニコラ・バルデルーの伴奏者として登場したのと同じピアニストだったので、それも気になって試聴。師匠筋としてケフェレックとか大勢のお名前が挙がっていて、でもまあシューマンを聴いて様子がわかったからそれで満足しました。はい。

他にもいろいろ「つまみ食い」っぽく聴いたような。以上とりあえず、思い出せるぶんだけメモ。
あ、そういえば前から気になっていたキーシン@ヴェルビエの映像を見たんだわ。ロシア系も中国系も、ここ十数年でわらわらと登場した神童系のピアニストは「勘弁してよ」と思いつつ、たまに演奏を聴くと、ごくまれにいろいろと感じることもありまして。←あくまで私感です。
キーシン(2007年収録の映像)を見てあらためて思ったのは「はいはい、上手いねえ」ということの他、きょうび、神童を売りにして(言い方が悪くてスミマセン)バリバリと世界中で演奏活動をおこなうには、あそこまで「真面目」な人でないとダメなのねと。その真面目さがいい意味で百パーセント活きていて、いいなあ、これは好きだわと思ったのはショパン。あのショパンはいい(はは、それ以上の説明はなし。人が悪いという自覚はあります。わたしゃ別に音楽の評論家じゃないし、そんなものになりたいとは思ったこともないもんで)。ただし、ベートーヴェンもメンデルスゾーンも、どんなに天才的にピアノが上手くても、真面目なだけの弾き方じゃ物足りないんです。あ、繰り返しますが、以上あくまで私感よ。で、「真面目」のキーワードに引っかかってくるピアニストということで、思いつくままにあげたいのがツイメルマン、シフ。で、それは「要はあんたがいつもケチをつけているピアニストでしょ」と言われるかもしれない(でも、いつも言ってるけど昔はどっちもよく聴いてたんですよ)からさらに付け足すと、アンデルジェフスキ、ブレンデル、内田光子。ある意味ではアルゲリッチとか、若い頃のベロフでもその系譜に入ってくる。いまたまたま思い出せないだけで、他にも探せばいくらでもいらっしゃいますね。で、繰り返しになるけど、そういう「まじめ」「鉄の神経」を基本ラインにしないと、国際的な音楽活動をやっていくのに身が持たないってことも、見すごしちゃいけない。さらに、そのへんのことにも気づかずに、演奏家に対して「天才」だなんて簡単に言っちゃいけない……おっと。このへんの話はまだまだ自分の中でも未整理なので、いずれボチボチと。

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