2015/04/08

バルバラ

仕事の記録。
まだまだ現在進行形です。

ありがたいことに(というか恐ろしいことに)チケットはとっくに完売しております。なので、こうしてお知らせしたところで、ご存じなかったかたに聴きに来ていただくこともできず、申し訳ないなあと思いつつ。

波多野睦美、バルバラを歌う

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2010/05/07

本の紹介

ご恵贈をいただきました。ありがとうございます。
『暗闇の楽器』

おお、ナンシー・ヒューストン!
こちらの本、長年の知りあいのあの人やあの人(ボカした言い方ですみません)が関係していて、そもそもヒューストンはとても興味がある作家なのですが、なかなかワタクシきちんと読む機会がいままでなくて……。や、原書も翻訳本も何冊か手もとに持ってはいるのです。で、そのなかでも、この『暗闇の楽器』の原書はずーっと気になっていたんです。
ということで、さっそく読ませていただきますとも。

ついでに、わたしが高校卒業と当時に渡仏、住まいが安定していなかった夏に参加した語学講習でご一緒して……もはや何年来の友人なのかという(ありがたい)板倉さんがお訳しになったイッサーリスの『もし大作曲家と友だちになれたら』は、順調に増刷を重ねて、このたび6刷となったそうです。素晴らしい。この機会に、ご興味おありのかたはぜひ手にお取りになってくださいませ。

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2010/05/06

War Horse(続報)

あら、びっくり。
去年の暮れ(だったか)に日記ネタにさせてもらった劇作品@ロンドンのナショナルシアター。
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動画は→こちら
音楽も演出も、ものすごくよさげ。何しろこの、馬の表現が凄い。

あまりに面白そうだったので調べてみたところ、原作の翻訳は日本でまだ出ておらず、それでも読みたかったので仏語翻訳本を取り寄せてみたら、筆致の素朴さとか、馬用語など、これがまたフランス語と絶妙にしっくりきて、まるで英語ではなく最初から仏語で書かれた物語であるかのようなハマり具合に驚きました。いつか手遊びに(自分の楽しみのためってことで)部分的でもいいから日本語に訳してみようかと思ったくらい。

それがなんと、スピルバーグ&ドリームワークスで映画化とな。うーむ。まあ、タンタン(の映画化)がどういうことになっているのかもまだわかんないもんね。ガーシュインの伝記映画って話はどうなったんだ。いずれにせよ、ではこの『軍馬ジョーイ』。どこかから本は出ることになるのでしょうか。せっかくですから、仏語版の味わいに負けないほどの日本語版が読めるといいなあ。

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2009/10/17

お調子者なので

荻窪ROOSTERから戻ってきました。楽しかった-。ドラムがね、あんなに視覚的に聞こえてくるなんて、実に意外。また誘ってやってくださいませ。>お心当たりのかた。

で「骨惜しみ」の話題のついでに、そのうちどこかにメモしておきたかった話をもう一つ。

リグットのレッスンの通訳をしていて、あの人はまた「ことばにこだわる」ピアノ教師でもあり、学生時代からすでにマスタークラスに出るたびに他の日本人の通訳に使われていたわたくし。いつだったか、あれはもう日本に帰ってからのことだったと思うけど、やはりリグットのレッスンを受けていた(うーん、なんの曲だったっけ。シューマンのコンチェルトとかだったような気もするんだけど)子の通訳をしていたとき、そこはもっと勢いがほしいんだけど……とリグットが言って、ちょっと待ってね、と。ふさわしいことばを探したいんだ。……で、三秒ほどぶつぶつ言いながら「そう、これだ」と言ってきた単語がtonique。もちろん、音楽関係者はトニックと言われるとまず「トニック、ドミナント、サブドミナント」と反射的に思うものだけど、辞書に出ている意味だと強壮、元気づける、などなど。でももっと……と日本語を探していたわたしの頭になぜかそのとき閃いたのが「ミンミンダーハー(眠眠打破だっけ)」というドリンク剤?の商標名。と思ったときには口から出てましたね。「目が覚めるように」「すっきりと鮮やかに」「もしくは力強く、爽快に駆け抜けるように」と。

あれが「訳語として正しかった」のかどうかはわからないけど、レッスンを受けていたのは高校生くらいの男の子で、でもすぐに顔を輝かせて、弾きはじめた演奏もまた輝いていたことで、レッスン通訳としてはもうそれだけで十二分に報われた気がしましたとも。

ああ、そうだ。マスタークラスの話の流れで、つい最近、某ホールが企画したというレオン・フライシャーのレッスンのこともどこかに書いておきたかったんだけど、まあ、それはまたいずれ。ちなみに、わたしが小学校のときに習っていた先生が、カーティス音楽院に留学していらしたかたで、だからフライシャーの話は昔からよく聞いていたっけ……。

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2009/10/16

骨惜しみ

半日刻み、いや八分の一日刻みくらいの感じで、めきめきと心身がゆるんでいく気がする。これはこれで、イヤなもんですね。少しヒマになって嬉しいってことはあるけれど、せっかく締めあげた生活リズムがゆるんでいくのはちょっと悲しい。ま、いつものことなんですけど。今回ばかりはあまりゆるませすぎずに、つぎの山につなげていかないと。

2日ほどまえに送った「インタビューの内容」のレジメ。送信した直後に、斜めに見直してあまりにいいかげんな日本語なのに苦笑。文章のねじれとか、主語の重複とか、てにをはの妙な点はたぶん向こうが適当に直してつかってくれると思うけど、「志向を凝らし」ってなんじゃこりゃ(笑)。こういうタイプミスって、コンピュータを新調して辞書やワープロソフト(エディター)を変えてから異様に増えた。そりゃ、書きながら気をつけていない自分が悪いんだけどね。このブログを見ているひとで、思いあたるひとがいらしたら(たぶん本人はここを見てないと思う。教えてないし)何かのついでのメールででもS子さんにお知らせしてくださるとありがたい……って、自分でメールしてもいいんだけど、いったん送ったものの内容について(しかもこういうゆるくて楽しい訳出だとなおさら)あれこれ追加メールを出すのがなんとなく無粋な気がしてね。えーと、インタビューの主役はセルビア出身の某若手で、S子さんはチェロのQさんのマネージャーさん。>と言って通じる人にのみよろしく。

で、今回、ふと思ったのがフランス語の「genereux(アクサンなしの表記で失礼。仏語キーボードがいまどういうわけか使えないのと、外字を貼りつけたりするのが面倒なもので)」という単語。若手のヴァイオリン奏者くんが、自分がパリで師事した先生のことを評していうときに使い、さらにそのヴァイオリン奏者くん本人を仲間がとりかこんで評して「舞台上での彼はとてもgenereux」と、二連発の使い方をしていた。

それを訳していたときのわたしは、完全に頭が「通訳脳」になっていたんだけど、何も考えず、反射的に、たったひとことのフランス語に1行たっぷりくらいの日本語を使った。

genereux>
パリ音楽院の先生のことを評したときは、とっさに「愛情深く、(生徒を一人一人よく見て)それぞれのよさを引きだしてくれる」と出てきた。←あくまで反射神経なので、まちがっているとか言われてもこの時点では直せません。

本人のことを言われたときは「思い切りがよく、(全身全霊で)無私とでもいうような豊かな演奏を聞かせてくれる」と出ました。

で、先生も奏者本人も、それぞれわたしは以前に通訳(レッスンもインタビューも)したことがあって、しかも演奏も聞いたことがあって、かなり具体的なイメージがどーんと目の前に浮かんだから出てきた日本語なんだと思う。これを「訳しすぎ」とか「そんなことは言ってないだろう」とその場で指摘されたら、かえって困惑しそう。なんというか「だってあたしの耳にはそう聞こえたんだから」ということです。

うーん、もちろん「外国語を勉強した」という立場での、もっと生硬の日本語で訳せといわれたら、できないこともありません。というか、調子が悪いときは自動的にそうなってる(笑)。ただまあ、今回、よくも悪くも自分の「反射神経」の変則ぶりを妙に実感したというか、ふーん、こんなふうに出てくるものなんだ、と思ったので、いちおうメモ。

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2009/01/28

Lireのサイトから

そうそう、忘れてました。
フランスの読書雑誌「Lire」のウェブで、編集部が選んだ2008年のベストセレクション20冊、というものが出ていたのでした。いやまあ、わたくしゴンクールとかフェミナとかのおもな文学賞は言うに及ばず、こういったセレクトものってのは軽く新刊チェックに使う以外には、あんまりひんぱんにリサーチさえもしていないので、このページも今年になってから見つけたというカメっぷりです。

ただ、うれしいことに、1位にヤスミナ・Kの最新刊が入ってました。2位がコーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』。フランスの読者も翻訳物は好きですからね。以下いろいろ。

で、本人(作家)的には、刊行と同時に読者たちからの圧倒的な支持(つまり売れ行き)があることを見せつけはしたものの、昨年のゴンクール賞からは鼻もひっかけられず、およそアカデミックというか、ごりごり系のフランス文学の世界からは黙殺という以上に2008年は冷やかで不当な扱いを受けたという思いがあったはずです。たぶん、アラブ系とか紛争地系の文学ってことでは、ほかに手頃な(言い方は悪いが、読み捨ててもよさそうな)新人がたくさん出てきて、識者たちの感覚からいくと「こいつはもう外人枠のシードには入れてやんねーよ」ってことだったのかも……というのは穿ち過ぎでしょうかね、はは。

あるいは、この「Lire」のコメントでも触れているように、筆致が古典的にすぎる、というのがその筋からの彼の作風へのおもな批判だったようですが、わたしみたいな遠い国からのただの一読者から見ると、じゃあいまのフランスのゲンダイブンガクってナニサマよ(どうせ十年後には誰も読まねーよ、とか)、さぞかしとんがった文学でいらっしゃることでしょうね、と冷笑したくなるような現状じゃないっすか~と思うんですけど・以下略。ま、ともかく。

いちおう、リストのページだけ、コピペしておきます。
http://www.lire.fr/enquete.asp/idC=53017/idR=

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2008/11/30

おおっ

いや、何年かまえから、いずれどこかに持ちこんで……と思っていたYAの皮をかぶった冒険エンターテイメント小説。三部作をうたっているわりに、三冊目がなかなか出ないんで、ちょっと油断というか安心していたんですよね。たったいま、ふとフランスのamazonを見たら、わりと最近に出てるじゃないですか>三冊め。

しかも、amazonではすでにストック切れ。いや、読者レビューを見ればオトナにも大人気のシリーズであることが明らかなので、出るなりある程度の冊数がさばけてしまって、いまだけ品切れってことだと思います。このあたりの状況は、日本のamazonと同じですね(笑)。

しかしなあ。シリーズが完結したってことは、日本の版権事務所もてこ入れして「売りこみ」をかけてくるはず(自分で連絡をとってくださいと、最初にこの本のリーディングを依頼してきた編集者さんからは言われていたってのに)だし、これだけおもしろい本だと誰かが自分で持ちこまないともかぎらない。たいていの「おもしろい原書」は、別にヤクシャが自分でなくても、日本で本が出てくれさえすればそれだけでもうれしい……と本心から思うワタクシですが、この本にかぎっては、できることならぜったいに自分で訳したい。

……はあ。どうにか時間をつくって、いまさらながらの持ちこみ営業をしろってことか。うー。
あ、この日記を読んでくださっている編集のかたでも、ご興味がおありでしたら気軽にお問合わせください。まあ、わたしが書いたレジュメ(気合が入りすぎて、いま思うとちょっと冗長になりすぎてはいるものの)は、日本でのオプションをおさえているエージェントさんのところに「売りこみ用の資料」としていっているはずではありますが……。

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2008/11/02

近況というわけでもないけれど

ちょっとだけ一段落。
バタバタしているあいだに、インタビューの記事が公開(掲載)されました。
とりとめのないわたしのおしゃべり(楽しかった!けど、もしかすると一方的にわたしだけが楽しんでいたかも?)を、ていねいにすくいあげて、ステキな記事にしあげてくださった林さかなさんに感謝。
http://www.trs-data.com/

あ、それと地味に告知。
訳書の新刊が11月4日に発売されるようです。
『永遠の七日間』
バタバタと訳出した(現在も継続中)ので、あまり実感がない……。
という言い方は微妙か。いえ、この本は出版社さんで、ゲラの段階でプルーフ(見本版)をたくさん刷って、宣伝用にあちこちに配ってくださったのですが、あの立派なプルーフが出てきた時点で、なんだかもう「本が出来た!」という感動はすでに味わってしまったということなのかも。

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2007/04/12

二重構造

早く完全な専業の出版翻訳者になりたいものじゃのう……と言いつづけてほぼ5年になるワタクシですが、生活費稼ぎと言い訳しながらも音楽関係の通訳に出かけると、やはりメチャクチャ楽しい&スリリング&魂の洗濯になるので、これはたぶん体力が続くかぎりやめられないなあ。そのぶん、在宅仕事のスケジュールの割り振りがすっごく大変なんだけどね。決して翻訳仕事の手がのろいほうではないと思うのに、年間の「ホンヤク売上高(笑)」が兼業だった十年前と比べてもそれほど増えていないのは、家の外での仕事と在宅仕事の「切換え」がまだまだ下手なせい。ま、大学にでも就職して教えたりしつつ、研究であるとか自分のやりたいことをする、というスタイルを貫いている方たちのことを思うと、わたしなんてまだ甘いもんだという自覚もありますが。そもそも、ここ50年くらいの音楽業界を見わたしても「理想的な生活形態」のモデルケースと呼ぶにふさわしいひとは、少なくともワタシの知るかぎり「全世界的にも数える程」しかいらっしゃらないことを思うと、みんなそれぞれに自分なりに落とし所を探して、摸索していくしかないってことだろうねえ。あ、別に文化芸術にかぎらず、ビジネス産業の世界でも、独自性を追求してよりよい人生をつくりあげていく、という点では変わらないか。

などと、わけのわからないことを書きつけてしまったけれど。
話はがらっと変わってですね。通訳に出かけると、当然のことながら「同じフランス語でも人によって言葉のニュアンスがちがってくる」のを実感します。例をあげていけばきりがないけど、たとえばemuという単語。辞書を見ると「感動した、心を動かされた」とあるけれど、いずれも説明調で、実際にどういうふうに感情を動かされての感動なのか、ということまでは訳せていない。感情が高まるという意味で、exalteという単語があって、こちらは辞書を見ると「熱狂的、高揚した、高ぶる」という言葉で説明されている。二つの単語の意味がまったく違うことはすぐに見てとれるけど、たとえばピアノのレッスンでの表現として「ここはemu」「そこはexalte」と短く言われると、異なる音楽表現を要求されていることは明らかなのに、同じくらい簡潔な日本語でとっさに説明してあげられなくて、通訳者(わたし)の自分がじりじりしてしまうこともある。ちなみにどっちの単語も、わたし(翻訳者)は自分の「最初に訳した一冊」で、ぴったりくる言葉を探して物凄く苦労した記憶がいまだに生々しい。

emuをどうにか日本語にしたとして、「感極まった」が短いバージョンだとすると、「身体の奥底から強く、同時にやさしい感情がこみあげてきて、思わず涙があふれそうになる」が長いバージョンかな。涙が実際にこぼれるかどうかはともかくとして(笑)。この二つのバージョンのあいだに、さまざまなヴァリエーションがあってもおかしくないし。exalteのほうもおんなじ。「きりきり舞い」という言葉がとっさに出てきたこともあるから、emuとexalteのいちばん大きな違いは、こみあげてくる感情をじっと受けとめようとする(静的)か、激しく衝き動かされてしまう(動的)か、という「主観的な動作としての差異」なのだけれど、そういうことを思うということ自体、もうそれは翻訳者(読み手、聞き手)というよりは通訳者(書き手、演奏者)の感性なのかもしれないなあ、と。

ま、それはともかく。レッスンする先生の言葉の使い方ひとつを見ても、その先生(演奏家)の性格とか感性がダイレクトに出てくるので、おもしろい~としみじみ。timbre(音色)という言葉ひとつとっても、それをクチにするフランス人の持っている(であろう)イメージ自体がそれぞれにまったく違っていたりするようだしね。chanterという言葉で指示を与えると、日本人の学生はなんであんなふうになりやが(以下略)……と嘆く先生が多数いらした頃は、それは「歌」というもの自体との距離の取り方が日本ではちょっと変だから、とまではさすがにこのわたしもわざわざ説明しなかったけど、その問題をいちばん意識していた頃には通訳するときもchanterを「歌わせる」とせず、「もっと聞かせて」とか「きわだたせて」とか「横の流れをなぞって」と訳していたっけ。フレーズをきちんと聞かせろという指示でも、phraserとかsuivreなどというレベルの言葉を与えるだけか、たとえばdonner formeという「演奏者としての視点」から出てくる言葉を登場させるかという違いがあったりして、個人的に学生時代は前者のタイプのセンセのほうが大まかにわかりやすくて好きだったけど、最近では後者のほうがピアニストとしては明らかにグレードが二枚も三枚も上なんだよなと思うようになったりしてさ。いやまあ、それもこれも、ほんのちょっとしたことなんだけどね。

と、いうようなことを語っていくと、わたしゃいくらでも語れますよん(笑)。たぶん、日本語←フランス語という「翻訳」にくわえて、言語←音楽という「翻訳」が二重構造で重なっていることのおもしろさ、ってのもあるんだろうなあ。つか、ホンヤクにかぎらず「表現」って、そもそもはそーゆーものじゃん。……などというような「ただごとじゃないおもしろさ」を独り占めするのが勿体ない、と思うからこそ、わたしはたぶん文芸翻訳をやりたいんだろう、とふと思ったことでした。もちろん二十年もまえにリグットやバルビゼのレッスンを友だちのために通訳(フランス語→日本語)して、あのときに「言葉っておもしろい!」と痛感したのがきっかけ、ではあるのだけれど、よく考えてみると「音楽とイメージ(あるいは言葉)」をむすびつけた解釈表現という手法について、リグット本人は「自分の師匠であるフランソワから受け継いだ部分が大きい」と二言目には言っていて、してみるとやはり、わたしにとっても今さらながらサンソン・フランソワというひとの存在が大きいなあ。あ、勝手に私一人でそう思っているだけなんだけどさ(笑)。

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2007/03/29

新刊のお知らせ

『テロル』ヤスミナ・カドラ(早川書房)1800円+税

最新の訳書です。わたしみたいな駆け出しの翻訳者がこんなことを言うのはおこがましい、と思いつつ、この本はたぶん、今後の十年間くらいは「わたしの代表作」になるはずです。もちろん、今後とも同じ作家の作品(とくに新作!)は、絶対に自分の手で訳したいと思っています。説明も何も不要で「ともかく読め、読みやがれ」というたぐいの一冊。いまならば少し大きめの書店でしたら平積みで置いてあるはずですので、このブログを読まれているかたは、ともかくお手にとってみてくださいませ。決して後悔はさせません、と断言しておきます。

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