2015/07/26

習慣

実家の電話の留守録に、ナントカ法律事務所のひとからメッセージが残っていました。たまったメッセージを少し整理して(重なっている分は消去)、父の親しい人で亡くなったことをお知らせしていないところには連絡……と考えはじめるとキリがないので、頭の中のぐるぐるをストップさせる。

秋口に父が入院していた大学病院で、介護グッズだか入院グッズだかを業者さんからレンタルしていて、そのぶんの精算が済んでいなかった、という病院の会計担当(と思われる)からの電話がまず入っていて、どうやらその流れで「取り立て」に弁護士をいれたということらしい。

ゴミ袋いっぱいに郵便物をそのまま自宅に持ち帰り、中身をチェック。法律事務所からの催促状と督促状、二通がコンビニでの支払い票同封で入っていました。ちょうど私が最後に実家で郵便物のチェックをして、その直後に一通目が届いて、支払い票の期限が切れてしまったので二通目がきた、ということですな。

そのまま近所のコンビニで精算してきました。数万円。
これを父の入院や介護で私が立て替えたもろもろの領収書の封筒にいれて、ミッション完了。

財布の中に「困ったときのタクシー代」として一万円はいれておく。これは学生時代から心がけているひと、多いと思う。私は、父が入院してから、それまで財布に「そんな大金」と思っていれたことがなかった程度の金額は、いつも入れておくようになりました。病院での入院費を、ともかく「言われたらその場で現金ですぐ」払えるようにしておきたかったからです。

Suicaは初期のものをずっと使っていて、クレジットカード機能もオートチャージ機能もつけないできて、それはやはり「落とすとイヤ」ってことが大きい。けれど、父の入院を境に、そのSuicaに限度額ギリギリまでのチャージ金額をつねにいれておくことを習慣にしました。いつ何がおきて、どの汽車に飛び乗って出かけないと、という事態になってもいいように。実際、Suicaに多めの金額をチャージしてあると、いざというときの役に立つこと、けっこうあります。

父がいなくなって、そうする必要がなくなったけど、その習慣はまだ残っている。
税金とか、今回みたいな「予想外の請求」も、あとで払えばいいと思うと忘れる! まえのエントリーにも書いたけど、やっぱり親を見送ると頭の中がまだらになりやすいってのも、あるしね。

だからどう、ってことでもなく。
お休みモードはお休みモードなりに、学ぶ(?)ことはたくさんあるってことで。

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自分を客観視する

久しぶり……と言ってはいけないような気もする。
実家に足を運んで、郵便物のチェックやら、まあいろいろ。

父が入院してから、たまに掃除機をかけたり、台所を磨いたり、ゴミ全般、冷蔵庫やナマモノの始末をすることはありました。が、予想もしなかった父の急逝。その後の2週間ほどはバタバタと、できることを思いつくそばから片づけました。が、月がかわった頃、出先で貧血起こして倒れたり、大事な仕事を優先せざるを得なくなったりで、ゴールデンウィークのアルバイト仕事ラッシュが一段落する頃には「なんだか頭がボンヤリしている」モードに入ってしまいました。

これって、母が亡くなったときや、バルビゼが死んだときも同じだったなあ。身近な人が彼岸を渡っていってしまったという、津波のようなできごとが「自分を通り越してぶつかっては通り過ぎていく」というか。親の時は特に、悲しいとか思う余裕もなかったしね。介護やら、余命やらと、特に母も父も膠原病とか間質性肺炎とか、専門の医師にも「病状がどう進むか予測しにくい」と言われておりました。元気だった頃も病気が判明してからも、娘に対して「おまえは人間としてどこかおかしい」というのが口癖で、何から何まで娘の人生を支配しようとしていたくせに(はい、どこの親も多少はそういう傾向があるんだろうと思います。うちにかぎらず)、いざとなると……いや、そういうときだからなおさら「親孝行な娘」を演じて見せろと強要してくる。ま、いいんですけどね。できることはすべてやり抜いたと思っております。そのぶん、特に父が入院してから亡くなるまでの数か月で、身体もココロもボロボロになりました。

おっと。泣き言をメモしておきたかったわけではなく。
5月の後半あたりから「あれをしなくては」「これをしなくては」と思うと吐き気がするようになり、実家に行こうとすると、ホントにトイレに駆けこむことの連続。よっぽど私はあの家がキライなんだな。

そうあきらめて、しばらくお休みをいただいておりました。というか、まだお休みモードでしばらくいこうと思っておりますが、それでも某日、実家で「何から手をつけていくか」を決心してこようと、久しぶりに足を運んだわけです。

行ってみて思いだしたけど、数日まえに夢を見たんだ。
家の玄関が開けっ放しになっている夢。泥棒に入られるとか、そういう感じでもないのさ。ただ、扉が開いていて、そろそろあの家も「主」が娘になったことを受けいれてくれているというか。なんだか不思議な感じ。

それでも、植木に水をやったり、郵便物のチェックをして、床を磨いたり、処分するものの選り分けをしたり。そうしているうち、手の指先(ツメの根元のあたり)が真っ赤に腫れあがってきて、これは精神的な拒絶反応。やっぱりねえ。私はそんなにあの家がキライなのか。ふと気づくと、拭き清めて綺麗になったはずの床で、何か尖ったモノを踏んで、足裏が血まみれになっておりました。あーあ。

ま、そんなこんな。
これから何百回もあの家に通って、モノを整理していくことになります。

誰もが通る道。事務的に、できるだけ思い入れもなく、機械的にこなしていこう。そういえば、私はわりと女優の高畑淳子さんが好きなんだけど、明日、7月27日放送の「遺品整理人 谷澤藍子5」のアナウンスがオフィシャルブログで出ていたな。のんびりして「お休みしたい」と言ってるそばから、ありがたくも友人たちから「税金が払えないときは相続放棄せよ」とか「家の整理をそういうプロにおまかせしたら、それだけで数百万円かかるみたいよ」とか、ご心配の尻たたきが相次いでおります。

どうにかなるでしょ。たぶんね。
いまは自分の心と体を優先。自分が壊れてしまっては元も子もない。

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2015/05/20

ぼちぼち

数日まえのこと。
少しあいだが空いてしまったけれど、実家に風を入れてきた。

いろんなことを一日延ばしにするサイクルにハマってしまった。それでも、こまごました税金の支払いなどは、請求書類が郵送されてくるそばから、忘れないうちにちゃっちゃっと払ってしまうようにしている。このへん、父が入院してすぐ、それまでは現金をできるだけ持ち歩かないようにして、必要なときに千円単位でATMでおろしてくるのが当たり前だったのを、つねに「十万単位での入院費を請求されても、その場で精算できるように」と、タイミングをはかりながらまえもって用意をしておくようになって、ともかくお金の支払いを忘れてしまうというストレスからは解放されていないと、それでなくてもいろんなことに追われて心身を摩耗する日々であったから……ということだと、いまにして分析している。

だからこそ、逆に「いま溜めてしまっている書類仕事あれこれ」については、考えるだけで吐き気がしそうなほど憂鬱。考えるよりも動いてしまうほうが楽なんだろうけどね。

今回、実家へ「行こう」と思っただけで、トイレにこっそり駆けこんで、吐いた。うわ、重症。逃げていてもしようがない。ということで、家に入って、窓を開けて風を通して、たまった郵便物をよりわけて、あとで必要になりそうな、しかも最新のものだけ選り分けて持ち帰る。ダイレクトメールのたぐいも、持ち帰って速攻で捨てる。溜めてしまうとこれまたあとでストレスになる。こんなペースだと、1年どころか、10年かかっても整理なんてつくんだろうか。

今日になって、4月の時点で持ち帰った市役所からの書面で「書きこんで要返送」のものをそのまま放置してあったことに気づいた。あわてて、その場で記入して、夜中だけど投函。

そんなこんな。むん、どうなるんだろうなあ。
母の時は、父が「いついつまでにけりをつける」と、勝手に目標を立てては、思いどおりにならなくて税理士さんや銀行、役所で言いあいになって、それを繰り返すたびに体力を削って、衰えていくのが、ともかく見ていて辛かった。入院してからも、書類手続きというよりは、資源ゴミの回収をきちんと所定の日にやらないといけないということを執拗に繰り返し、認知症の症状がさきに出たのか、それともあの街で暮らすにはゴミ捨てやら役所関係のあれこれやらがあまりに煩雑で、そこからのストレスが引き金となって認知症の症状が出たのか。どっちなのかわからない感じもした。だから、私はあの家で暮らしたいとはかけらも思わない。それでなくても、あまりいい思い出はないのだ。

とはいえ、ほんの少しでも動きだすと、身体は動く。作業は面倒だけれど、やっててイヤな感じはなさそうだ。ただ、自分のなかで「整理」していくことが必要なんだろう。いずれにせよ、なるようになる。

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2015/04/07

車庫証明

自分では運転もしないペーパードライバーですが。
秋口に父が入院、それまで要介護支援のグレードだったのが要介護3となり、たとえ24時間でのケアを手配しても「家族が娘1人(つまり私)」で自宅に戻るのは無理だといわれました。バタバタと契約した介護施設に移ってもらい、いずれにせよ車を処分しないと……と考えていて、そうこうするうちに容体が急変。というか、文字どおり、眠るようにして息を引き取ったわけです。

経験者はご存じかと思います。残った家の整理とか、実務的なことをこれからどうするか。アタマ痛いです。が、介護のときと同じ。どうせやらなきゃいけないことだから、ゆるゆるとやるべ~。

で、自分の確定申告も今年はサボってまだやっていないというのに、天気も良く、たまたま時間がちょこっとあいたので、陸運局(自動車検査登録事務所)まで走ってきました。車検証とか、戸籍謄本とか、印鑑登録とか、ネットで調べて「必要そうな物」は揃えていきましたが、車庫証明についてはネットで調べてもどうもよくわからなくて、まあ実家の車庫に置きっ放しになっているぶんにはそんなに面倒くさいこと言われないだろう……という希望的観測。

お昼休みに引っかかっちゃうかなあ……という微妙な時間帯で、整理券の配布も昼休み中でしたが、窓口で待機していた職員さんに「相続での名義変更って、どうすればいいんでしょう」と聞いてみたら、そういう質問に応えるのもお仕事だと言わんばかりに、懇切丁寧に教えてくれました。

持参した書類に赤鉛筆でチェックを入れ、ホチキスでとめて「これと、あとは車庫証明をとって持ってくればいいです」とのこと。車庫証明!

たしか、母が亡くなったとき、車は母の名義だったので父が相続して、そのときの手続きが面倒くさくて大変だったとさんざんグチってましたね。が、その車の車検証やら何やら、実家で探し当てた書面にあったのは父の字でも母の字でもなかったので、車を購入したディーラーさんに手続きその他を丸投げしたと見た。わはは。

実家と私の住まいは、徒歩5分の距離なんだけど、いっぽうは武蔵野市、もういっぽうは練馬区という場所柄。どちらの管轄の警察に行けばいいのか、ちょっと迷ったけど、まずはこっち。ということで、2月に父の遺体を引き取りにいった最寄りの警察に移動。窓口のおじさん(警察署員)も、親切&手慣れた説明で、その場で書類を書いてもいいけれど、地図はグーグルのをそのまま落とし込んだもののほうが楽でしょう、とか、駐車場のサイズをメジャーで測って新しく書く方がいいよ、とか。その足でいったん帰宅して、書類をそろえてからもう一度、警察署の窓口に出直しました。

「ああ、さっき来た人ね」と。

少しおしゃべりしながら、書き損じた書類を書き直して、最後にパソコンのデータ(データを調べるひとがすぐとなりの窓口?でペアになって仕事をしているらしい)を調べたところで「なるほど、もとの名義人がお母さんで、そちらが亡くなって今度はお父さんが亡くなって、あなた1人で相続の整理をしなきゃいけなくなったわけだね」と。状況をきちんとまとめて、おそらく細かいところでかなり書類手続きでの融通をきかせてくれたような気がします。

父の死亡届を役所に出したときとか、そのまえの介護保険まわりのことで相談にいったときも思ったけど、お役所仕事といわれながらも、相談に行くと、状況に応じて適切な言葉と手助けをしてくれるひとが、どこの役所でもたくさんいらっしゃる。ありがたいね。

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